もしもの時にパートナーへ財産を託す:LGBTQ+カップルのための死因贈与契約の活用法と注意点
はじめに:パートナーへの財産承継を確実にするために
LGBTQ+カップルにとって、法律上の配偶者とは異なる関係性の中で、もしもの時に大切なパートナーへ確実に財産を引き継ぐことは、将来への大きな不安の一つとなりがちです。一般的な相続においては、法律で定められた相続人(法定相続人)に財産が引き継がれますが、パートナーは残念ながら多くの場合、法定相続人には含まれません。
このような状況でパートナーに財産を残す手段としては、遺言書を作成する方法がよく知られています。しかし、遺言書以外にも、「死因贈与契約」という方法があることをご存知でしょうか。
死因贈与契約は、贈与する方(贈与者)がお亡くなりになったときに効力が発生する贈与契約です。これは、財産を受け取る方(受贈者であるパートナー)との合意に基づいて成立する契約であり、一方的な意思表示である遺言書とは異なる性質を持っています。
本記事では、LGBTQ+カップルが死因贈与契約をパートナーへの財産承継の手段として活用することを検討する際に知っておくべきこと、遺言書との違い、契約作成のポイント、そして注意点について詳しく解説します。将来への安心のための一歩として、ぜひご一読ください。
死因贈与契約とは?遺言書との違い
まず、死因贈与契約の基本的な仕組みと、遺言書との違いを理解しましょう。
死因贈与契約の仕組み
死因贈与契約は、民法で定められている契約の一種です。簡単に言うと、「私が死んだら、この財産をあなたにあげます」という約束を、財産をあげる側(贈与者)と受け取る側(受贈者)の間で交わし、双方が合意して成立する契約です。この契約の効力は、贈与者が亡くなったときに発生します。
遺言書との主な違い
死因贈与契約と遺言書は、どちらも「自身の死後に財産を特定の人に引き継ぐ」という目的で利用されますが、その性質には重要な違いがあります。
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性質:
- 死因贈与契約: 贈与者と受贈者双方の合意が必要な「契約」です。
- 遺言書: 遺言者の一方的な意思表示に基づく「法律行為」です。
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方式:
- 死因贈与契約: 口頭での契約も法律上は可能ですが、後の紛争を防ぐためには必ず書面(死因贈与契約書)で作成すべきです。特に不動産など重要な財産の場合、公正証書で作成することが強く推奨されます。
- 遺言書: 法律で定められた厳格な方式に従って作成する必要があります(自筆証書遺言、公正証書遺言など)。方式に不備があると無効となる可能性があります。
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撤回:
- 死因贈与契約: 契約であるため、原則として一方的に撤回することはできません。ただし、遺言に関する規定(民法第554条により準用される民法第1022条)が適用されるため、契約をした後でも、その内容に反しない限り、遺言書と同様にいつでも撤回することが可能です。この点は、死因贈与契約を検討する上で非常に重要です。遺言書による撤回も可能です。
- 遺言書: 遺言者は、遺言書を作成した後でも、いつでもその遺言書を撤回したり、新しい遺言書を作成して以前の遺言書の内容と異なる定めをしたりすることができます。
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負担を付けること:
- 死因贈与契約: 「私が死んだら家をあげる代わりに、私の死後、残されたペットの面倒を見てほしい」といったように、財産を与えることに対する負担(義務)を付けることが可能です(負担付死因贈与)。
- 遺言書: 負担を付けることも可能ですが(負担付遺贈)、契約ではないため、その履行の強制力は死因贈与契約に比べて弱い場合があります。
これらの違いから、死因贈与契約は、パートナーとの間で「確かに財産を渡したい」という合意形成があり、かつ、財産を渡すことに何らかの負担を伴わせたい場合に有効な選択肢となり得ます。
LGBTQ+カップルが死因贈与契約を活用するメリット・デメリット
LGBTQ+カップルがパートナーへの財産承継に死因贈与契約を検討する際の、具体的なメリットとデメリットを考えてみましょう。
メリット
- パートナーとの合意形成に基づいている: 遺言書は一方的な意思表示ですが、死因贈与契約はパートナーとの話し合い、合意の上で成立します。「この財産をパートナーに遺したい」という贈与者の意思と、「この財産を受け取りたい」というパートナーの意思が一致していることを明確にできます。
- 特定の負担を課すことができる: パートナーに財産を渡す代わりに、具体的な義務(例:残された家族の世話、特定の債務の弁済など)を求める負担付死因贈与が可能です。これにより、贈与者の死後の特定の事柄について、パートナーに協力を依頼する法的根拠を持つことができます。
- 登記や登録による公示: 不動産を死因贈与する場合、生前のうちに仮登記をすることができます。これにより、将来的に財産を受け取る権利があることを公示でき、第三者への二重譲渡などをある程度防ぐ効果が期待できます。ただし、仮登記にはパートナー(受贈者)の協力が必要です。
デメリット
- 契約であるためパートナーの同意が必要: 死因贈与契約は契約であるため、パートナーが財産を受け取ることに同意し、契約を締結してくれる必要があります。遺言書のように、一方的な意思表示で定めることはできません。
- 負担付死因贈与の履行問題: 負担付死因贈与とした場合、贈与者が亡くなった後にパートナーがその負担を履行しないリスクも考えられます。契約であるため履行を求めることは可能ですが、状況によっては複雑な問題となる可能性もあります。
- 撤回が可能であること: 前述の通り、死因贈与契約も遺言と同様に撤回が可能です。契約を締結したからといって、将来にわたって内容が絶対に変更されないわけではない点に注意が必要です。より確実にパートナーに財産を渡したい場合は、撤回しにくい信託などの制度も検討の余地があります。
- 相続税の対象となる: 死因贈与によってパートナーに財産が引き継がれた場合、相続税の課税対象となります。相続税には配偶者控除などの優遇措置がありますが、パートナーはこの配偶者控除を利用できません。ただし、遺贈(遺言による贈与)を受けた場合も同様に相続税の対象となります。
死因贈与契約書の作成方法と公正証書の活用
死因贈与契約を有効かつ確実に実行するためには、契約書を正確に作成することが非常に重要です。
契約書の記載内容
死因贈与契約書には、少なくとも以下の内容を明確に記載する必要があります。
- 贈与者と受贈者(パートナー)の氏名、住所、生年月日
- 贈与の対象となる財産を特定するための正確な情報(例:土地・建物の所在地番、家屋番号、種類、地積、床面積など。預貯金であれば金融機関名、支店名、口座番号など)
- 贈与の効力発生時期(「贈与者が死亡した時」である旨を明記)
- 負担付死因贈与とする場合は、その負担の内容
- 契約締結日
- 贈与者と受贈者双方の署名・押印
公正証書で作成するメリット
死因贈与契約書は、私文書として作成することも可能ですが、公正証書として作成することが強く推奨されます。公正証書とは、公証役場で公証人が法律に基づいて作成する文書です。
公正証書で作成するメリットは以下の通りです。
- 高い証明力: 公証人が作成するため、契約の存在や内容について強力な証拠となります。後になって「そんな契約は知らない」といった争いを防ぐのに役立ちます。
- 方式の確実性: 公証人が法律の専門家として関与するため、契約の内容や形式に不備がなく、無効になるリスクを減らせます。
- 実行の容易さ: 特に不動産の死因贈与において、公正証書で作成しておくと、贈与者の死後の所有権移転登記手続きをスムーズに進めやすくなります。また、負担付死因贈与の場合、公正証書にしておくと、パートナーが負担を履行しない場合に契約の解除や履行請求がしやすくなります。
公正証書で死因贈与契約を作成する際は、贈与者と受贈者(パートナー)が一緒に公証役場へ出向き、公証人の指示に従って手続きを進めます。
検討すべき注意点と遺言書との比較
死因贈与契約を検討する上で、いくつか注意すべき点があります。
法定相続人との関係(遺留分)
贈与者(亡くなった方)に子や親、兄弟姉妹などの法定相続人がいる場合、その法定相続人には「遺留分」という最低限の相続財産を受け取る権利があります。死因贈与契約や遺言書でパートナーに多くの財産を遺そうとした結果、法定相続人の遺留分を侵害してしまう可能性があります。
遺留分を侵害した場合、侵害された法定相続人は、財産を受け取ったパートナーに対して遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができます。これにより、パートナーが受け取った財産の一部を、法定相続人に渡さなければならなくなる可能性があります。
死因贈与契約を検討する際は、ご自身の法定相続人が誰になるのかを確認し、遺留分を考慮した上で契約内容を検討することが重要です。法定相続人がいない場合は、遺留分の心配はありません。
不動産の死因贈与と登記
不動産を死因贈与する場合、生前のうちに「死因贈与による所有権移転の仮登記」をすることができます。これにより、贈与者の死亡によってパートナーへ所有権が移転することが予定されている旨を公示できます。しかし、あくまで仮登記であり、所有権が完全に移転するのは贈与者の死亡後、パートナーが本登記を行った時点です。
本登記には贈与者の死亡を証明する書類や遺産分割協議書(遺留分権利者がいる場合など)、パートナー側の書類などが必要になります。手続きは司法書士に依頼するのが一般的です。
遺言書と死因贈与、どちらを選ぶべきか?
遺言書と死因贈与契約は、それぞれメリット・デメリットがあります。どちらを選択すべきかは、ご自身の状況やパートナーとの関係性、財産の内容、何を最も重視するかによって異なります。
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遺言書が適しているケース:
- パートナーの同意を得ることなく、一方的に財産を渡したい場合。
- 比較的少額の財産を渡す場合。
- 方式の定めに従えば一人で作成できるため、パートナーに知られずに準備を進めたい場合。
- 公正証書遺言にすれば、死因贈与契約と同様に高い証明力を持つことができます。
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死因贈与契約が適しているケース:
- パートナーとの間で「財産を渡す・受け取る」という明確な合意を形成したい場合。
- 財産を渡すことに対して、パートナーに特定の負担を負わせたい場合(負担付死因贈与)。
- 契約の形式によって、より確実な財産承継を図りたいという意向がある場合(ただし撤回は可能)。
- 不動産について、生前の仮登記により一定の公示を行いたい場合。
どちらの手段を選ぶにしても、公正証書で作成することで、その有効性や実行力を高めることができます。
専門家への相談を検討しましょう
死因贈与契約は、遺言書と同様に、将来の財産承継に関わる重要な手続きです。契約内容の不備や法的な問題点を見落とすと、せっかくの準備が無駄になってしまったり、かえってパートナーと親族との間で争いを引き起こしてしまったりするリスクがあります。
特に、財産の内容が複雑な場合(不動産、有価証券、複数の預貯金など)や、贈与者に法定相続人がいる場合、負担付死因贈与を検討している場合などは、専門家へ相談することを強くお勧めします。
- 弁護士: 相続に関する法的な問題全般、遺留分に関する助言、契約内容のリーガルチェック、死後の紛争予防策などについて相談できます。
- 司法書士: 不動産の登記手続き、死因贈与契約書の作成(公正証書作成のサポートを含む)などについて相談できます。
- 税理士: 死因贈与によって発生する相続税に関する相談、節税対策などについて相談できます。
- ファイナンシャルプランナー(FP): 資産全体の状況を踏まえた、財産承継を含む総合的なライフプランや資金計画について相談できます。
これらの専門家の中には、LGBTQ+カップルの状況に理解があり、相談実績がある方も増えています。「LGBTQ+フレンドリー 弁護士」「相続 司法書士 LGBTQ+」などのキーワードで検索したり、各地のLGBTQ+関連団体が紹介している専門家リストを参照したりするのも良い方法です。
まとめ:パートナーとの将来のために、早めの検討を
LGBTQ+カップルがパートナーへ安心して財産を引き継ぐための選択肢として、死因贈与契約は遺言書と並んで非常に有効な手段の一つです。特に、パートナーとの間で財産承継についてしっかりと話し合い、合意形成に基づいた形で将来に備えたい場合や、財産を渡すことと引き換えに特定の負担をパートナーに負わせたい場合に、死因贈与契約は有力な選択肢となります。
遺言書と死因贈与契約にはそれぞれ異なる特徴があり、どちらが適しているかは個別の状況によって異なります。ご自身の財産状況、パートナーとの関係性、将来への希望などを十分に考慮し、最適な方法を選択することが大切です。
どのような方法を選ぶにしても、将来的な争いを防ぎ、パートナーへ確実に財産を遺すためには、正確な手続きと法的な効力を持つ書面を作成することが不可欠です。そのためにも、早い段階で専門家へ相談し、適切なアドバイスを得ながら準備を進めることを強くお勧めします。
パートナーと築く安心な将来のために、まずは一歩踏み出し、情報収集や専門家への相談を始めてみませんか。