もしもの時、パートナーの預貯金口座にアクセスするには?LGBTQ+カップルのための対策ガイド
はじめに
パートナーとの将来を考える上で、資産形成や相続の準備は非常に重要です。その中でも、日々の生活を支える「預貯金」は、多くのカップルにとって最も身近な資産と言えるでしょう。しかし、万が一パートナーに何かあった際(病気、事故、判断能力の低下、あるいは死別など)、パートナー名義の預貯金口座がどうなるのか、アクセスや管理はどうすればよいのか、不安を感じている方もいらっしゃるかもしれません。
法的に親族関係にないLGBTQ+カップルの場合、パートナー名義の預貯金口座について、「もしも」の時に様々な問題が発生する可能性があります。例えば、パートナーが認知症などで判断能力を失ってしまった場合や、亡くなられた場合、たとえ長年連れ添ったパートナーであっても、口座が凍結されてしまい、そこから生活費や医療費を引き出すことが困難になるケースが考えられます。
この記事では、LGBTQ+カップルが「もしも」の時にパートナーの預貯金口座で困らないために、生前からどのような準備や対策ができるのか、具体的な方法とその注意点について詳しく解説します。
なぜ「もしも」の時に預貯金口座のアクセスが問題になるのか
パートナーの預貯金口座に「もしも」の時にアクセスできなくなる主な理由は、銀行が口座名義人以外の人物による不正な引き出しや、相続に関するトラブルを防ぐために、名義人の意思確認ができない状況(死亡、判断能力の喪失など)で口座取引を制限するからです。
法的な配偶者であれば、その後の相続手続きなどによって財産を引き継ぐ道筋がありますが、法的な婚姻関係にないLGBTQ+カップルの場合、原則として相続権はありません。地方自治体のパートナーシップ制度を利用している場合でも、法律婚と同等の相続権が付与されるわけではありません。そのため、単にパートナーであるというだけでは、名義人が亡くなった後の預貯金を引き出すことは基本的にできません。
また、パートナーが病気などで判断能力を失った場合も、法的な権限がない限り、預貯金口座から医療費や生活費を引き出すことは難しくなります。たとえ日頃からキャッシュカードや暗証番号を知っていたとしても、銀行が名義人の意思確認なしに多額の引き出しに応じることは通常ありません。
こうした事態を防ぎ、パートナーが困らないようにするためには、生前からの対策が不可欠です。
生前にできる預貯金口座へのアクセス対策
パートナーの「もしも」に備え、預貯金口座へのアクセスを円滑にするために、いくつかの方法が考えられます。それぞれの特徴を理解し、ご自身の状況に合った対策を検討することが重要です。
1. 任意代理契約(委任契約)
これは、パートナーが元気なうちに、あなたに特定の銀行取引(預金の引き出し、振り込みなど)を代理する権限を委任する契約です。委任状を作成し、銀行に提出することで、あなたがパートナーに代わって手続きを行うことができるようになります。
- メリット: 手続きが比較的簡単で費用も抑えられます。パートナーの意思が明確なうちに限定的な代理権を設定したい場合に有効です。
- デメリット: パートナーの判断能力が失われた後も有効であるかは、契約内容や金融機関の判断によります。一般的には、代理権の範囲が限定的であることが多く、広範な財産管理には向きません。また、パートナーの死亡によって原則として効力を失います。
- 注意点: 委任する内容(どの銀行のどの口座で、どのような取引を、いつまで行うかなど)を具体的に定める必要があります。銀行によって委任状の形式や対応が異なる場合があるため、事前に確認が必要です。
2. 任意後見契約
パートナーが将来、認知症などで判断能力が不十分になった場合に備え、あらかじめ誰にどのような財産管理や身上監護(生活や医療に関する手続き)を依頼するかを契約で定めておく制度です。この契約を締結し、その後パートナーの判断能力が低下した際に、家庭裁判所に申し立てて任意後見監督人が選任されると、契約の効力が生じ、あなたが任意後見人としてパートナーの財産管理を行うことができるようになります。
- メリット: パートナーの判断能力が低下した後も、継続的かつ包括的な財産管理(預貯金口座の管理を含む)が可能になります。パートナーの意思能力があるうちに、信頼できる人物(あなた)に将来を託す約束ができます。
- デメリット: 契約書を公正証書で作成する必要があり、費用がかかります。任意後見監督人が選任されるため、家庭裁判所の監督を受けることになります。効力が発生するのは判断能力が低下した後です。
- 注意点: 契約内容を慎重に検討する必要があります。任意後見人には定期的な報告義務などが生じます。
3. 死後事務委任契約
パートナーが亡くなった後、ご自身の葬儀や医療費・入院費の清算、行政手続き、公共料金の支払い、賃貸契約の解除、そして預貯金からの各種費用支払いなど、死後に発生する様々な手続きを、生前に定めた人(あなた)に委任する契約です。
- メリット: パートナーが亡くなった後の混乱期に、必要な手続きをスムーズに進めることができます。特に、預貯金からの葬儀費用や未払い医療費の支払いが可能になる点は大きなメリットです。
- デメリット: 効力が発生するのはパートナーの死亡後です。死亡前の財産管理には対応できません。
- 注意点: 契約書を公正証書で作成することが推奨されます。委任する事務の内容を具体的に定める必要があります。
4. 家族信託
特定の財産(預貯金を含む)を、信頼できる人(あなた、受託者といいます)に託し、契約(信託契約)で定めた目的に従って管理・運用してもらい、そこから発生する利益を特定の受益者(パートナー自身、あるいはあなたなど)に給付する仕組みです。パートナー(委託者)が元気なうちに信託契約を結び、パートナーが判断能力を失ったり亡くなったりした場合の財産の帰属先なども定めておくことができます。
- メリット: パートナーの判断能力低下後や死亡後も、預貯金を含む信託財産を凍結させることなく、契約に基づいてあなたが管理・運用・給付を継続できます。非常に柔軟な財産管理・承継が可能です。
- デメリット: 制度が複雑で理解に専門知識が必要です。契約書作成に費用がかかり、専門家(弁護士、司法書士など)のサポートが不可欠です。信託契約に対応していない金融機関もあります。
- 注意点: どのような財産を信託するか、誰を受託者・受益者とするか、いつ信託を終了させるかなど、契約内容を詳細に決める必要があります。
5. 遺言書(遺贈)
パートナーが亡くなった後の預貯金をあなたに引き継がせたい場合、遺言書であなたに預貯金の一部または全部を「遺贈(いぞう)」するという意思表示をすることができます。
- メリット: パートナーの亡き後、預貯金をあなたに引き継がせることが法的に可能になります。
- デメリット: 効力が発生するのはパートナーの死亡後、遺言執行が完了してからです。遺言執行者(遺言の内容を実現する人)の選任や手続きに時間がかかる場合があり、その間は預貯金が凍結されてアクセスできない状態が続きます。相続人がいる場合、遺留分(いりゅうぶん:兄弟姉妹以外の法定相続人に法律上保障された最低限の遺産の割合)に配慮する必要があります。
- 注意点: 遺言書は法律で定められた方式に従って作成する必要があります(公正証書遺言が最も確実です)。遺言執行者を指定しておくと、手続きがスムーズに進みやすくなります。
6. 生前贈与
パートナーが生きているうちに、将来必要になるであろう資金の一部をあなたに贈与しておく方法です。
- メリット: パートナーが元気なうちに確実にあなたに資金を移すことができます。
- デメリット: 贈与税がかかる場合があります。年間110万円の基礎控除枠を利用するなど、贈与税対策が必要です。必要な時に必要な額を贈与するのは計画性が必要です。
- 注意点: 後々の税務調査などでトラブルにならないよう、贈与契約書を作成し、記録を残しておくことが推奨されます。
7. 共有名義口座の活用
日常的な共同の支出のために、パートナーと二人で名義を持つ「共有名義口座」を開設する方法です。ただし、日本の金融機関では原則として個人名義で複数名義の口座を開設することはできません。ここで言う「共有名義口座」は、主に特定の目的のために金融機関が提供しているサービス(例:NPO法人の活動資金用、特定のプロジェクト用など)か、あるいは実質的に二人の資金を一つの口座で管理している状態を指すことがあります。実質的な共有口座の場合、名義人が亡くなると口座が凍結されるリスクは単独名義口座と同様に存在します。
- メリット: 日常的な家計管理には便利です。
- デメリット: 多くの場合、法的に有効な「共有名義」とは認められません。名義人が亡くなると口座が凍結されるリスクがあります。相続発生時には、その口座の資金が誰のものであるか争いになる可能性もあります。
- 注意点: 安易な共有名義口座の利用は、将来的なトラブルの原因となる可能性があります。特に相続に関しては法的に不確実性が伴います。
どの方法を選ぶべきか、検討のポイント
ここまでいくつかの対策をご紹介しましたが、どの方法が最適かは、カップルの状況、パートナーの意向、資産規模、そして「もしも」として想定する事態(判断能力の低下なのか、死別なのか、両方か)によって異なります。
検討する際のポイントをいくつか挙げます。
- パートナーの意思確認: 何よりも大切なのは、パートナーとよく話し合い、お互いの意向を確認することです。「もしも」の時についてオープンに話し合う時間を持つことが第一歩です。
- 想定される「もしも」の事態: 判断能力の低下に備えたいのか、死別に備えたいのか、あるいは両方に備えたいのかによって、適した方法は異なります。任意後見契約は判断能力低下後に、死後事務委任契約や遺言は死後に効力が発生します。家族信託はどちらにも対応可能です。
- 必要な手続きの範囲: 日常的な少額の引き出しで十分なのか、医療費や介護費用などまとまった資金が必要になる可能性があるのか、亡くなった後の清算まで含めて任せたいのかなど、必要な権限の範囲を考えましょう。
- 費用と手間: それぞれの方法には、契約書作成費用(特に公正証書の場合)、専門家への相談費用などがかかります。手続きの複雑さや継続的な管理の手間も考慮に入れる必要があります。
- 他の資産との兼ね合い: 預貯金だけでなく、不動産や有価証券など、他の資産全体をどのように管理・承継していきたいのか、総合的に検討することも重要です。
多くの場合、一つの方法だけでなく、任意後見契約と死後事務委任契約を組み合わせるなど、複数の対策を講じることで、より包括的に備えることが可能になります。
専門家への相談を検討しましょう
これらの制度はそれぞれに専門的な知識が必要です。また、LGBTQ+カップル固有の事情に配慮した対応が求められる場合もあります。安心して手続きを進めるためには、法律や金融に詳しい専門家への相談を強くお勧めします。
- 相談先: 弁護士、司法書士、税理士、ファイナンシャルプランナー(FP)などが考えられます。特に、遺言、任意後見、死後事務委任、家族信託などは、法律の専門家である弁護士や司法書士に相談するのが良いでしょう。資産形成や生前贈与、税金について広く相談したい場合は、FPや税理士が役立ちます。
- LGBTQ+フレンドリーな専門家: 近年では、LGBTQ+カップルの事情に理解のある専門家も増えています。インターネットで「LGBTQ+ 弁護士」「パートナーシップ 司法書士」「LGBTQ+ FP」などのキーワードで検索したり、関連団体に相談したりして、安心して相談できる専門家を探すことが大切です。
- 相談するタイミング: パートナーと将来について話し合い、どのような対策を検討したいか大まかに方向性が定まった段階で相談すると、具体的なアドバイスが得られやすくなります。
専門家は、お二人の状況を丁寧にヒアリングし、それぞれの方法のメリット・デメリット、必要な手続き、費用、そして他の資産との関連性などを踏まえて、最適な対策を提案してくれます。
まとめ
LGBTQ+カップルにとって、パートナーの「もしも」の時に預貯金口座へのアクセスが困難になる可能性は、無視できない不安要素です。しかし、ご紹介したような様々な法的な仕組みや対策を活用することで、この不安を大きく軽減し、お互いが安心して暮らせる基盤を築くことが可能です。
重要なのは、事態が発生してから慌てるのではなく、パートナーが元気なうちにしっかりと話し合い、将来についてお二人の意思を確認し合うことです。その上で、ご紹介した任意代理契約、任意後見契約、死後事務委任契約、家族信託、遺言、生前贈与といった方法の中から、お二人の希望や状況に最も適した対策を選択し、必要に応じて専門家のサポートを得ながら準備を進めることです。
これらの準備は、単なる手続きではなく、お互いを思いやり、将来を共に築いていくための大切なステップです。ぜひこの機会に、パートナーと「もしも」の時に備える預貯金口座の管理について話し合ってみてください。そして、安心して将来を迎えるための一歩を踏み出しましょう。