パートナーとの約束を「公正証書」で確かなものに:活用シーンと作成方法
はじめに
パートナーとの将来について考える際、資産形成や相続は重要なテーマです。特に、法的な婚姻関係にないLGBTQ+カップルの場合、法律上の権利や義務が自動的に発生しないため、様々な場面で意図しない不利益を被る可能性があります。例えば、パートナーに財産を遺したいと思っても、遺言書がなければ相続権がないパートナーには遺産が渡らない場合があります。
こうした将来への不安を解消し、パートナーとの約束を法的に確かなものにするための有効な手段の一つに「公正証書」があります。公正証書は、公証役場で公証人という専門家が作成する公文書であり、非常に高い証明力と執行力を持ちます。この記事では、LGBTQ+カップルが公正証書をどのように活用できるのか、具体的なシーンと作成方法について詳しく解説します。
公正証書とは何か
公正証書は、国の機関である公証役場で、法務大臣に任命された公証人が作成する公文書です。契約や遺言などの内容を公正証書として残すことで、その内容が法律に則り、正確に記録されたことが証明されます。
公正証書の主な特徴
- 高い証明力: 公証人が関与するため、その文書が真正に成立したこと(本人によって作成されたこと)や内容が正確であることが強く証明されます。
- 強い執行力: 金銭の支払いを目的とする契約に関する公正証書には、裁判所の判決を経ることなく、直ちに強制執行をすることができる効力(執行証書)を持たせることができます。
- 紛失・改ざんのリスクが低い: 正本・謄本は当事者に交付されますが、原本は公証役場で原則20年間(遺言については公証人が生存中は常に、死亡後は50年間)保管されるため、紛失や改ざんのリスクが低減します。
法的な関係が限られるLGBTQ+カップルにとって、自分たちの意思や約束を公的に証明された形で残せる公正証書は、将来の安心を築く上で非常に有用なツールとなり得ます。
LGBTQ+カップルが公正証書を活用する具体的なシーン
公正証書は様々な契約や意思表示に活用できますが、特にLGBTQ+カップルが将来設計や相続を考える上で有効な主な活用シーンは以下の通りです。
1. 遺言公正証書
パートナーに財産を遺したいと考える場合、最も確実な方法の一つが遺言公正証書を作成することです。法律上の相続権がないパートナーは、たとえ長年連れ添った家族同然の関係であっても、遺言書がない限り法定相続人から遺産を受け取ることはできません。
- メリット:
- 形式の不備で無効になるリスクが低い(公証人が法律に従って作成するため)。
- 原本が公証役場に保管されるため、紛失や偽造のリスクが低い。
- 家庭裁判所での検認手続きが不要なため、相続開始後速やかに手続きを進められる。
- 遺留分(兄弟姉妹以外の法定相続人に最低限保証される遺産の割合)に配慮することで、相続人間のトラブルを避ける工夫ができます。遺留分については、専門家(弁護士など)に確認することをお勧めします。
- 注意点: 遺贈(遺言によって財産を無償で与えること)された財産には相続税ではなく遺贈税がかかり、相続税の計算における「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」といった特例が適用されないため、税負担が増える可能性があります。税金についても事前に税理士に相談することが重要です。
2. 任意後見契約公正証書
将来、病気や事故などで判断能力が不十分になった場合に備え、あらかじめ自分が選んだ人(任意後見人)に、財産管理や生活、医療に関する手続きなどを代わりに行ってもらうための契約です。
- メリット: 信頼できるパートナーを任意後見人に指定することで、自分の意思に沿った後見事務を行ってもらうことができます。これにより、見ず知らずの第三者が後見人になる事態を防ぎ、安心して老後を迎える準備ができます。
- 注意点: この契約は、判断能力が低下した後に家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生じます。契約内容を具体的に定める必要があります。
3. 死後事務委任契約公正証書
自分が亡くなった後の葬儀や埋葬、医療費・入院費の清算、行政手続き、家財道具の処分、SNSアカウントの解約など、様々な死後の手続きを信頼できる人に委任する契約です。
- メリット: 法的な親族関係がないパートナーは、本人が亡くなった後、これらの手続きを行う上で様々な困難に直面する可能性があります。死後事務委任契約を結んでおくことで、パートナーが安心して、故人の意思に沿った手続きを行えるようになります。
- 注意点: 財産に関する法律行為(例:預貯金の引き出し、不動産の売却など)は原則として死後事務委任契約では委任できません。遺言書と併せて準備することが一般的です。
4. その他の契約
金銭の貸し借り、賃貸借契約、事業の共同経営など、パートナーとの間で重要な約束をする際にも、公正証書を作成することでその契約内容を公的に証明し、万が一のトラブルの際の有力な証拠とすることができます。特に金銭消費貸借契約では、返済が滞った場合に直ちに強制執行ができる執行証書とすることも可能です。
公正証書作成の基本的な流れ
公正証書を作成するためには、一般的に以下のような流れで進めます。
- 公証役場への相談・予約:
- まず、最寄りの公証役場に電話またはメールで相談し、予約を取ります。相談は無料の場合が多いです。
- どのような内容の公正証書を作成したいのか、具体的に伝えます。必要な書類についてもこの時に確認します。
- 必要書類の準備:
- 作成する公正証書の種類によって異なりますが、一般的に以下のような書類が必要になります。
- 本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなど)
- 印鑑証明書、実印
- 契約内容に関する資料(不動産の登記簿謄本、固定資産評価証明書、預貯金通帳の写しなど)
- 委任する相手(任意後見人、死後事務受任者など)の氏名、住所、連絡先
- (遺言の場合)相続人や受遺者の氏名、住所、生年月日、続柄
- (遺言の場合)証人2名の氏名、住所、生年月日、職業
- 証人は、推定相続人や受遺者、その配偶者、直系血族などはなれません。適切な証人が見つからない場合は、公証役場で紹介してもらうことも可能です(別途費用がかかる場合があります)。
- 作成する公正証書の種類によって異なりますが、一般的に以下のような書類が必要になります。
- 公証人との打ち合わせ:
- 予約した日時に公証役場に行き、公証人と打ち合わせを行います。
- 作成したい公正証書の内容、趣旨、当事者の意思などを詳しく伝え、公証人が内容を整理し、原案を作成します。
- この段階で、疑問点や不安な点を遠慮なく公証人に確認することが大切です。
- 公正証書の作成・署名・押印:
- 公証人が作成した公正証書の案文を確認し、内容に間違いがないか確認します。
- 問題がなければ、指定された日時に改めて公証役場に行き、公証人が読み上げる公正証書の内容に間違いがないことを確認した上で、当事者、証人、公証人が署名・押印を行います。
- 遺言公正証書の場合は、遺言者と証人2名、公証人が立ち会って行います。
- 正本・謄本の受領、費用の支払い:
- 署名・押印が完了すると、公正証書の正本または謄本(写し)が交付されます。原本は公証役場で保管されます。
- 同時に、公証人手数料を支払います。手数料は、法律で定められており、作成する公正証書の種類や目的価額(契約金額や遺贈する財産の価額など)によって算出されます。
公正証書作成を検討する際の注意点
- 早めの相談: 公正証書作成には時間がかかる場合があります。特に遺言書などは、判断能力がしっかりしているうちに作成する必要があります。思い立ったら早めに公証役場に相談することをお勧めします。
- 内容の具体化: 公正証書の内容は、できる限り具体的かつ明確に定めることが重要です。曖昧な表現は、後々トラブルの原因となる可能性があります。
- 専門家との連携: 公正証書は法的な効力を持つ文書ですので、内容によっては事前に弁護士、行政書士、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。特に、相続税に関する問題や、複雑な財産に関する内容は、税理士や弁護士にアドバイスを求めると良いでしょう。LGBTQ+の課題に理解のある専門家を探すことも安心につながります。
- 保管と共有: 交付された正本や謄本は大切に保管してください。また、任意後見契約や死後事務委任契約については、パートナーなど関係者にその存在と保管場所を伝えておくことが重要です。
まとめ
公正証書は、法的な関係が限定的なLGBTQ+カップルが、パートナーとの約束や将来の意思を公的に証明し、安心して生活を送るための強力な味方となります。遺言、任意後見、死後事務委任など、様々な場面で活用することで、万が一の事態に備え、自分たちの望む形で将来を迎える準備ができます。
公正証書作成は複雑に感じられるかもしれませんが、公証人が専門家としてサポートしてくれます。まずは最寄りの公証役場に相談してみることから始めてみてはいかがでしょうか。また、より具体的な内容の検討や、税金、他の法的な手続きとの兼ね合いについては、信頼できる弁護士、税理士、行政書士などの専門家に相談することをお勧めします。パートナーとの将来をしっかりと見据え、公正証書を賢く活用することで、より安心できる未来を築いていきましょう。