パートナーシップ制度(地方自治体)と資産・相続の関係:できること、できないこと、対策
はじめに:地方自治体のパートナーシップ制度と資産・相続への関心
近年、多くの地方自治体でパートナーシップ制度が導入され、LGBTQ+カップルが抱える様々な課題の解決に繋がることが期待されています。この制度によって、二人の関係性が公的に認められることは、生活上の安心感を高める上で大きな意義を持ちます。
しかし、このパートナーシップ制度が、法的に結婚した場合と同様に、資産形成や相続に関しても同じ効果をもたらすのか、あるいはどのような影響があるのかについて、具体的な情報が少ないと感じている方もいらっしゃるかもしれません。「制度を利用すれば、パートナーに財産をスムーズに残せるのだろうか」「相続税はどうなるのか」といった疑問は尽きないでしょう。
この記事では、地方自治体のパートナーシップ制度が資産形成や相続に関して具体的にどのような効果を持つのか、「できること」と「できないこと」を明確にし、制度の限界を補うための具体的な対策について詳しく解説します。安心してパートナーとの将来を築くために、ぜひご一読ください。
地方自治体のパートナーシップ制度で「できること」とは?
地方自治体のパートナーシップ制度は、特定の自治体の要綱に基づいて、二人の関係性を公的に証明するものです。これにより、結婚している夫婦と同様、あるいはそれに準ずる行政上の配慮やサービス提供が受けられる場合があります。
具体的には、以下のような場面で制度の証明書が役立つことがあります。
- 公営住宅の入居申し込み: 多くの自治体で、パートナーシップ証明があれば夫婦として共同で入居申し込みが可能になります。
- 病院での面会や病状説明: 病院によっては、パートナーシップ証明を提示することで、法的な家族でなくてもパートナーとして扱われ、面会や手術の同意、病状説明の同席などが認められやすくなります。これは、もしもの時の精神的な支えや、重要な医療判断に関わる上で非常に重要です。
- 携帯電話の家族割引: 一部の携帯キャリアでは、パートナーシップ証明を家族割引適用に利用できる場合があります。
- 企業や民間のサービス: 従業員の福利厚生や、民間の賃貸契約、金融サービスなどにおいて、パートナーシップ証明が活用できるケースが増えています。
これらの「できること」は、主に二人の関係性を公的に証明することで、行政サービスや民間サービスにおいて差別なく、あるいは配慮をもって扱われるためのものです。これは日々の生活や緊急時において、安心感を大きく高める効果があります。
パートナーシップ制度だけでは「できないこと」(資産・相続に関わる課題)
一方で、地方自治体のパートナーシップ制度は、あくまで自治体の要綱に基づくものであり、国の法律(民法や税法など)に基づく「婚姻」とは異なります。そのため、パートナーシップ証明があるだけでは、法的な結婚によって自動的に発生する権利や義務の一部は得られません。特に、資産形成や相続に関しては、以下の点が「できないこと」として挙げられます。
- 法定相続人にはなれない: パートナーは、たとえ長年連れ添い、関係性が公的に証明されていても、法律上の相続人にはなれません。パートナーに財産を遺すためには、遺言書を作成するなどの別の手段が必要です。
- 遺留分(いりゅうぶん)がない: 法定相続人には、最低限の相続分として「遺留分」が保障されています。しかし、パートナーシップ制度を利用しているだけでは法定相続人ではないため、この遺留分の権利はありません。例えば、遺言書で第三者に全財産を遺贈すると記載されていた場合、法定相続人であれば遺留分を請求できますが、パートナーは原則として請求できません。
- 【専門用語解説:遺留分】 亡くなった方の兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子、直系尊属など)に保障されている、遺産の一定割合を受け取る権利です。
- 税制上の優遇が適用されない:
- 相続税の配偶者控除: 配偶者が相続した場合に、1億6,000万円または法定相続分のいずれか多い額まで相続税がかからないという大きな控除がありますが、パートナーシップ制度のパートナーには適用されません。パートナーが遺言などで財産を取得した場合、通常通り相続税が課税されます(基礎控除は適用されます)。
- 贈与税の配偶者控除: 婚姻期間20年以上の夫婦間で居住用不動産やその購入資金を贈与した場合、最高2,000万円まで贈与税がかからない控除がありますが、パートナーシップ制度のパートナーには適用されません。
- 社会保障上の扱い: 多くの社会保障制度(遺族年金、健康保険の扶養認定など)は、法律上の婚姻関係を前提としています。パートナーシップ証明があっても、これらの制度が自動的に適用されるわけではありません。
このように、地方自治体のパートナーシップ制度は、日々の生活や緊急時の行政サービス利用には有効ですが、資産の承継や税制面、社会保障においては、法的な婚姻関係とは明確な違いがあることを理解しておく必要があります。
パートナーシップ制度の「限界」を補うための具体的な「対策」
パートナーシップ制度だけでは資産・相続に関する課題をすべて解決できるわけではありませんが、これらの課題は適切な法的手続きや対策を講じることで克服することが可能です。安心してパートナーに財産を託し、もしもの時に備えるために、以下の対策を検討しましょう。
1. 遺言書を作成する
パートナーに財産を確実に引き継ぐための最も基本的な方法です。法律上の相続人ではないパートナーに財産を遺すためには、有効な遺言書が必須となります。
- 公正証書遺言: 公証役場で公証人に作成してもらう遺言書です。費用はかかりますが、方式の不備で無効になる心配がなく、原本が公証役場に保管されるため紛失や改ざんのリスクが低いという大きなメリットがあります。法的な効力や確実性を重視する場合に最も推奨されます。
- 自筆証書遺言: 自分で全文、日付、氏名を書き、捺印する遺言書です。費用がかからず手軽ですが、方式の不備で無効になったり、保管場所が分からず発見されなかったり、改ざんされたりするリスクがあります。法務局での保管制度を利用することで、リスクを軽減できます。
遺言書では、「全財産をパートナーに遺贈する」といった包括的な内容や、特定の不動産や預貯金などを具体的に指定して「遺贈する」といった内容を記載できます。ただし、遺留分権利者(親や子など)がいる場合は、遺留分を侵害しないように配慮しないと、後々トラブルになる可能性があるため注意が必要です。 * 【専門用語解説:遺贈(いぞう)】 遺言によって、相続人ではない人(この場合はパートナー)に財産を無償で与えることです。
2. 生前贈与を活用する
パートナーがご存命のうちに、財産を贈与する方法です。年間110万円の基礎控除を利用すれば、その範囲内であれば贈与税はかかりません。計画的に贈与を繰り返すことで、将来パートナーへ移転できる財産額を増やすことが可能です。ただし、年間110万円を超える贈与には贈与税がかかり、税率は相続税よりも高い場合があります。高額な贈与を行う際は、税理士に相談することをおすすめします。
3. 生命保険を活用する
ご自身の死亡保険金の受取人にパートナーを指定することで、パートナーに死亡保険金を残すことができます。死亡保険金は受取人固有の財産とみなされ、原則として遺産分割の対象にはなりません(特別受益となる場合を除く)。また、保険金には「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠がありますが、パートナーシップのパートナーは法定相続人ではないため、この非課税枠は適用されません。しかし、一定額であれば税負担を抑えつつパートナーに資産を遺す有効な方法の一つです。保険金の受取人指定は、生命保険会社所定の手続きが必要です。
4. 死後事務委任契約を締結する
パートナーが亡くなった後、残されたパートナーが直面する様々な手続き(葬儀の手配、医療費や公共料金の支払い、賃貸物件の解約、行政への届け出など)は多岐にわたります。法的な親族でない場合、これらの手続きがスムーズに進まない可能性があります。「死後事務委任契約」は、生前に特定の相手(パートナー)に、自身の死後の事務手続きを委任する契約です。この契約を公正証書で作成しておくことで、パートナーは安心してこれらの手続きを行うことができます。 * 【専門用語解説:死後事務委任契約】 委任者が受任者に対し、自身の死亡後の事務に関する代理権を与えて締結する契約です。
5. 任意後見制度を活用する
ご自身が将来、認知症などで判断能力が不十分になった場合に備え、あらかじめパートナーを「任意後見人」に選んでおく制度です。任意後見契約を公正証書で締結しておくことで、ご自身の判断能力が衰えた際に、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」の監督のもと、パートナーが財産管理や生活、医療に関する契約などを代わりに行うことができます。これにより、ご自身の財産が適切に管理され、望む医療やケアを受けられるように備えることができます。 * 【専門用語解説:任意後見制度】 本人が十分な判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自らが選んだ代理人(任意後見人)に、自分の生活、療養看護や財産管理に関する事務について代理権を与える委任契約(任意後見契約)を公正証書によって締結しておく制度です。
6. 共有資産に関する取り決めを明確にする
二人で共同で築いた財産(不動産、預貯金など)がある場合、その名義や管理方法、将来の取り扱いについて明確な取り決めをしておくことが重要です。特に不動産を共同名義で購入する場合は、共有持分の割合やローンの負担割合などを明確にし、書面(例えば、共有物に関する合意書など)で残しておくと安心です。万が一、どちらかが先に亡くなった場合の共有持分の行方についても、遺言などで指定しておく必要があります。
専門家への相談を検討する
上記のような対策は、ご自身の状況や保有資産によって最適な方法が異なります。また、法制度は複雑であり、正確な知識に基づいて手続きを進める必要があります。
安心して将来の準備を進めるためには、弁護士、税理士、ファイナンシャルプランナーといった専門家に相談することを強くおすすめします。
- 弁護士: 遺言書の作成支援、死後事務委任契約や任意後見契約の作成支援、相続発生時の法的な手続きなど、幅広い法的な相談が可能です。
- 税理士: 相続税や贈与税に関するシミュレーション、節税対策、税務申告など、税金に関する専門的なアドバイスが得られます。
- ファイナンシャルプランナー(FP): 資産形成全体の計画、ライフプランに基づいた資金設計、各種金融商品の活用方法など、包括的な視点からのアドバイスが得られます。
特に、LGBTQ+カップルの課題に理解のある専門家を探すことで、より安心して相談できるでしょう。自治体の相談窓口や、LGBTQ+支援団体などが紹介してくれる場合もあります。
まとめ:パートナーシップ制度を基盤に、より強固な備えを
地方自治体のパートナーシップ制度は、LGBTQ+カップルの関係性を公的に証明し、日々の生活における様々な場面で安心感をもたらす重要な一歩です。しかし、この制度が直ちに婚姻と同様の法的な効力、特に資産の承継や税制優遇、社会保障上の権利をもたらすわけではないことを理解しておくことが大切です。
パートナーシップ制度を生活基盤の安定に活用しつつ、制度だけではカバーできない資産・相続に関する課題については、遺言書、生前贈与、生命保険、死後事務委任契約、任意後見制度、家族信託といった個別の法的な対策を組み合わせることで、安心してパートナーとの将来を設計することが可能です。
これらの対策は一つ一つ異なる目的と効果を持ちます。ご自身の状況やパートナーとの関係性、将来のライフプランに合わせて、最適な対策を選択し、実行に移しましょう。そして、必要に応じて専門家の知見を借りることで、より確実な準備を進めることができます。パートナーと安心して老後を迎え、もしもの時にもお互いを支え合える関係を築くために、一歩ずつ着実に準備を進めていくことを願っています。