安心してパートナーへ株式・投資信託を託す:LGBTQ+カップルのための有価証券の生前・死後対策
はじめに:パートナーと築く資産に「有価証券」が含まれる場合
資産形成の方法として、預貯金や不動産だけでなく、株式や投資信託といった有価証券を活用されているLGBTQ+カップルの方もいらっしゃるかもしれません。これらの有価証券は、パートナーとの将来のために積み上げてきた大切な資産です。
しかし、現在の日本の法制度においては、同性パートナーには法律上の相続権が認められていません。そのため、万が一のことがあった場合に、パートナーがスムーズに有価証券を引き継ぐためには、生前の準備が非常に重要になります。
この記事では、LGBTQ+カップルが保有する株式や投資信託などの有価証券を、パートナーに安心して託すための具体的な方法について解説します。生前に行える対策、死後の手続きを円滑にするための準備、そして考慮すべき注意点などを丁寧にご説明し、パートナーシップにおける資産承継の不安解消の一助となることを目指します。
LGBTQ+カップルが有価証券の承継で直面しうる課題
株式や投資信託といった有価証券は、通常、個人の証券口座で管理されています。この証券口座の名義は原則として変更できません。口座名義人が亡くなった場合、口座は凍結され、相続手続きが完了するまで資産の移動や売却ができなくなります。
法律上の配偶者であれば、遺産分割協議を経て比較的スムーズに名義変更や払い出しの手続きを進められることが多いですが、法的な相続権がないLGBTQ+カップルの場合、状況はより複雑になります。遺言書がない場合、パートナーは原則として遺産を相続できません。また、有価証券の種類や保有している証券会社によって手続きが異なることもあり、残されたパートナーが煩雑な手続きに直面する可能性があります。
パートナーシップ制度を利用されている場合でも、この制度は自治体が独自に定めるものであり、法律上の婚姻とは異なります。そのため、パートナーシップ証明書があっても、有価証券の相続において法律上の配偶者と同等の権利が自動的に認められるわけではない点に注意が必要です。
これらの課題を理解し、生前に適切な対策を講じることが、パートナーに安心して有価証券を託すために不可欠となります。
パートナーへ有価証券を託す具体的な方法
有価証券をパートナーへ承継させるための主な方法としては、「生前贈与」と「死後の対策(遺言、死因贈与、家族信託など)」があります。それぞれの方法について詳しく見ていきましょう。
1. 生前贈与による承継
ご自身が生きている間に、パートナーに対して有価証券を贈与する方法です。証券会社で贈与の手続きを行い、パートナー名義の証券口座へ有価証券を移管します。
- メリット: ご自身の意思で、確実にパートナーへ資産を移すことができます。パートナーがすぐに資産を活用できる状態になります。
- デメリット: 贈与税が発生する可能性があります。贈与税には年間110万円の非課税枠(暦年贈与)がありますが、これを超える金額を贈与する場合は贈与税の申告・納税が必要です。多額の資産を一度に贈与すると、多額の贈与税が発生するリスクがあります。また、特定贈与信託や夫婦間贈与の特例など、婚姻関係にあることで適用される贈与税の非課税措置は、原則としてLGBTQ+カップルには適用されません。
- 注意点:
- 贈与契約書を作成し、贈与の事実を明確にしておくことが推奨されます。
- パートナー名義の証券口座が開設済みである必要があります。
- 贈与税の申告が必要かどうか、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
2. 死後の対策
ご自身が亡くなった後に、パートナーへ有価証券を託すための対策です。主に遺言書、死因贈与契約、家族信託といった方法があります。
2.1. 遺言書による遺贈
遺言書を作成し、「遺贈」によってパートナーに有価証券を譲る意思表示をします。遺贈には、遺産の全部または一部の割合を指定する「包括遺贈」と、特定の財産(例:〇〇株式会社の株式△△株、保有する投資信託全てなど)を指定する「特定遺贈」があります。
- メリット: ご自身の意思に基づいて、遺言書で指定した通りの資産配分を実現できます。包括遺贈の場合は相続人(遺贈を受ける者)と同様の手続きで証券口座の名義変更等を進められる場合があります(証券会社による)。
- デメリット: 遺言書がない場合、パートナーは原則として遺産を受け取れません。遺言書の内容に不備があったり、法的に無効であったりするリスクがあります。また、ご自身の法定相続人に遺留分がある場合、遺留分を侵害しないように考慮する必要があります。
- 注意点:
- 公正証書遺言で作成することを強く推奨します。公正証書遺言は公証人が作成するため、方式の不備で無効になるリスクが低く、家庭裁判所の検認手続きが不要です。
- 遺言執行者を指定しておくと、遺言の内容実現手続き(証券口座の名義変更や払い出しなど)をスムーズに進めることができます。遺言執行者には、信頼できる友人や親族のほか、弁護士、税理士、司法書士などの専門家を指定することも可能です。
- 遺留分侵害の可能性がある場合は、事前に法定相続人との話し合いも考慮に入れると良いでしょう。
2.2. 死因贈与契約
ご自身が亡くなった場合に、パートナーへ財産を贈与する契約を、パートナーとの間で締結する方法です。「私が死亡した際には、私が保有する有価証券全てをあなたに贈与する」といった内容を契約書に明記します。
- メリット: 遺言書と同様に、ご自身の意思に基づき、特定の財産をパートナーに託すことができます。契約であるため、遺言書のように一方的に撤回できない場合があります(契約の内容によります)。
- デメリット: 遺言書と同様に、法定相続人の遺留分を侵害する可能性があります。契約の存在や内容が関係者に知られにくいという側面もあります。
- 注意点:
- 公正証書で作成することを推奨します。死因贈与契約は口頭でも成立しますが、後々のトラブルを防ぐためには、公正証書として残しておくことが最も確実です。
- 死因贈与契約の履行(有価証券の承継手続き)をスムーズに行うため、遺言執行者を兼ねるような形で、契約執行者を定めておくことが有効です。
2.3. 家族信託の活用
ご自身の有価証券を「信託財産」とし、信頼できる人(パートナー自身、あるいは専門家など)を「受託者」として、ご自身が亡くなった後にパートナーが「受益者」となるような信託契約を設定する方法です。
- メリット: 委託者(ご自身)の判断能力が低下した場合や死亡した場合でも、受託者が信託契約に基づいて有価証券の管理や処分を行い、最終的に受益者(パートナー)へ承継させることができます。遺言書や死因贈与よりも、より柔軟で継続的な資産管理・承継が可能です。相続手続きが不要となるため、パートナーの手続き負担を軽減できます。
- デメリット: 契約内容が複雑になることが多く、専門家(弁護士、司法書士、税理士、信託銀行など)のサポートが不可欠です。契約内容の設定や維持に費用がかかります。有価証券の種類によっては、家族信託の対象とすることが難しい場合や、証券会社が家族信託に対応していない場合もあります。
- 注意点:
- 信託契約の内容を、家族関係や資産状況に合わせて慎重に設計する必要があります。
- 家族信託に対応可能な証券会社を確認する必要があります。
- 組成には専門的な知識が必要なため、必ず専門家に相談してください。
どの方法を選ぶべきか?検討のポイント
ご紹介した方法は、それぞれ特徴が異なります。どの方法が最適かは、保有する有価証券の種類や金額、パートナーとの関係性、ご自身の希望、法定相続人の有無、利用可能なリソースなどを総合的に考慮して判断する必要があります。
- 少額の贈与を継続したい場合: 暦年贈与の非課税枠を活用した生前贈与が有効かもしれません。
- ご自身の死後に特定の有価証券を確実にパートナーに託したい場合: 公正証書遺言による特定遺贈が比較的シンプルで効果的です。
- ご自身の死後に遺産の大部分または全てをパートナーに託したい場合: 公正証書遺言による包括遺贈や、公正証書による死因贈与契約が考えられます。
- ご自身の判断能力低下後の資産管理も含めて、長期的にパートナーへ資産を引き継ぐ仕組みを構築したい場合: 家族信託が有力な選択肢となります。
いずれの方法を選択する場合でも、大切なことは、パートナーと将来についてしっかりと話し合い、お互いの意思を確認することです。その上で、専門家の意見を聞きながら、最も適した方法を選択することが安心に繋がります。
専門家への相談の重要性
有価証券の承継は、法制度や税金が複雑に関わるため、ご自身だけで手続きを進めるには限界があります。特に、LGBTQ+カップル固有の課題や、証券会社ごとの手続きの違いなども考慮する必要があります。
- 弁護士: 遺言書の作成支援、死因贈与契約書の作成支援、家族信託契約書の作成支援、遺留分に関する相談など、法的な側面からのサポートを得られます。
- 税理士: 贈与税や相続税に関する相談、税務申告、節税対策など、税金に関する専門的なアドバイスを得られます。
- 司法書士: 遺言書の作成支援(公正証書遺言の作成手続き含む)、家族信託契約書の作成支援、不動産が含まれる場合の登記手続きに関する相談などを依頼できます。
- ファイナンシャルプランナー(FP): ライフプラン全体を見据えた資産形成・運用、相続対策に関するアドバイスを得られます。
信頼できる専門家に相談することで、状況に合わせた最適な対策を講じることができ、手続きもスムーズに進めやすくなります。近年では、LGBTQ+カップルの課題に理解のある専門家も増えています。インターネット検索や、関連団体からの紹介などを通じて、安心して相談できる専門家を探してみることをお勧めします。
まとめ:パートナーとの安心な未来のために
LGBTQ+カップルが保有する株式や投資信託などの有価証券をパートナーに託すためには、法的な相続権がない現状を踏まえ、生前からの計画と準備が不可欠です。
遺言書による遺贈、死因贈与契約、生前贈与、そして家族信託といった様々な方法があり、それぞれにメリットとデメリットがあります。これらの方法を適切に活用することで、ご自身の意思を反映させ、パートナーが大切な資産を円滑に引き継げるように備えることができます。
最も重要なステップは、まずパートナーと率直に将来や資産について話し合うことです。その上で、今回ご紹介した情報も参考にしながら、どのような準備が必要か検討を進めてみてください。必要に応じて、信頼できる専門家のサポートを得ながら、一歩ずつ着実に安心な未来のための準備を進めていきましょう。