法定相続人ではないLGBTQ+カップルのためのパートナー相続手続きガイド:課題解決と備え方
はじめに
パートナーを失った時、深い悲しみの中で様々な手続きに直面することになります。特に、長年連れ添ったパートナーであっても、法的な婚姻関係にないLGBTQ+カップルの場合、民法上の法定相続人には含まれません。このため、パートナーが亡くなった後の相続手続きにおいて、様々な困難に直面する可能性があります。
この記事では、法定相続人ではないLGBTQ+カップルが、パートナーの相続手続きにおいてどのような課題に直面しうるのか、そして、それらの課題を解決するために生前にどのような対策を講じることができるのかについて、具体的な方法を解説します。将来への不安を解消し、安心してパートナーとの関係を育んでいくための一助となれば幸いです。
法定相続人ではないパートナーが直面する相続手続きの課題
民法において、相続人となる人の範囲は定められています。これを法定相続人といいます。配偶者(法律上の婚姻関係にある者)は常に相続人となり、それ以外の親族(子、孫、父母、祖父母、兄弟姉妹など)が順位に従って相続人となります。
LGBTQ+カップルの場合、多くは法的な婚姻関係にないため、パートナーは法定相続人には含まれません。このことが、パートナーの死後、様々な場面で課題となって現れます。
1. 相続財産の調査・把握の難しさ
パートナーの財産がどこにどれくらいあるのかを正確に把握することは、相続手続きの最初の重要なステップです。しかし、法定相続人ではない場合、金融機関や役所に対して、パートナーの預貯金口座の有無や残高、不動産の登記情報、有価証券の保有状況などを照会する法的な権限がありません。これにより、財産調査が極めて困難になる可能性があります。
2. 遺産分割協議への不参加
遺言書がない場合、相続財産は法定相続人全員による遺産分割協議によって分けられます。法定相続人ではないパートナーは、この遺産分割協議に参加する権利がありません。したがって、どれだけパートナーが生前に財産を築く上で貢献していたとしても、あるいはその財産をパートナーに残したいと願っていたとしても、法的には一切関与することができません。遺産は法定相続人の間で分割されてしまいます。
3. 預貯金口座の凍結と手続きの難しさ
パートナーの死亡が金融機関に知らされると、その名義の預貯金口座は原則として凍結され、原則として法定相続人全員の同意や、法定相続人からの正当な手続きがなければ引き出しなどができなくなります。法定相続人ではないパートナーは、生活費や当面の支払いに困窮することがあっても、原則として口座から資金を引き出すことができません。
4. 不動産や有価証券の名義変更・換価
パートナー名義の不動産や自動車、株式や投資信託などの有価証券についても、名義変更や売却といった手続きは原則として法定相続人が行います。パートナーは、これらの手続きに直接関与することができず、自宅に住み続けることや、共に築いた資産を活用することが難しくなる可能性があります。
課題を解決するための具体的な生前対策
パートナーが亡くなった後の相続手続きにおける困難を避けるためには、生前にしっかりと対策を講じておくことが不可欠です。ここでは、LGBTQ+カップルが検討すべき具体的な生前対策について解説します。
1. 遺言書を作成する
パートナーに財産を残す最も確実な方法の一つが、遺言書を作成することです。遺言書によって、法定相続人ではないパートナーに財産を「遺贈(いぞう)」することができます。遺贈には、特定の財産を指定して贈る「特定遺贈」と、財産の全部または一部の割合を指定して贈る「包括遺贈」があります。
遺言書は、法的に有効な形式(公正証書遺言、自筆証書遺言など)で作成する必要があります。中でも公正証書遺言は、公証役場で公証人が作成に関与するため、方式不備で無効になるリスクが低く、原本が公証役場に保管されるため紛失の心配もありません。
遺言書で遺贈を受けるパートナーは、手続き上、遺贈を受ける権利者となります。遺言書の内容によっては、遺言執行者として指定されれば、相続財産の管理や名義変更などの手続きを単独で行う権限を持つことも可能です。ただし、遺言の内容が法定相続人の遺留分(相続人が最低限受け取れる遺産の割合)を侵害する場合、遺留分を侵害された相続人から減殺請求を受ける可能性がある点には注意が必要です。
2. 死後事務委任契約を締結する
死後事務委任契約は、自分が亡くなった後の様々な事務手続き(葬儀、埋葬、医療費の清算、住居の片付け、行政手続きなど)を特定の相手に委任する契約です。相続手続きそのものを委任するものではありませんが、パートナーがこれらの手続きをスムーズに行えるようにすることで、パートナーの負担を軽減し、財産に関連する手続きにも間接的に関わる道が開けます。
例えば、公共料金や税金の精算、賃貸物件の解約と敷金の回収、老人ホームの費用清算など、死後に発生する金銭の支払いや受け取りに関する事務も委任の対象とすることができます。この契約を公正証書で作成しておくと、金融機関や関係機関に対して契約の存在と内容を証明しやすくなります。
3. 家族信託を活用する
家族信託は、特定の財産(自宅不動産や預貯金など)を信頼できる家族(この場合はパートナー)に託し、あらかじめ定めた目的に従って管理・運用・処分してもらい、最終的にパートナーがその財産を受け取るように設計する仕組みです。委託者(財産を託す人)、受託者(財産を託されて管理する人)、受益者(信託された財産から利益を得る人)を定めます。
例えば、「私が生きている間は私が受益者となり、私の死後はパートナーが受益者となる」といった設定が可能です。これにより、自分が亡くなった後も、相続手続きを経ることなく、パートナーが信託された財産からの収益を得たり、信託契約で定められた範囲で財産を管理・活用したりすることが可能になります。相続とは別の仕組みで資産承継を実現できる点が大きなメリットです。
4. 生前贈与を行う
パートナーに財産を移転する方法として、生前に贈与を行うことも考えられます。贈与税には基礎控除額(年間110万円)があり、この範囲内であれば贈与税はかかりません。計画的に長期にわたって贈与を行うことで、将来パートナーが受け取る財産を増やすことができます。ただし、一度に多額の贈与を行うと贈与税が発生する可能性があるため、税理士などの専門家と相談しながら進めることが重要です。
5. 共同名義にする
預貯金口座や不動産などをパートナーとの共同名義にしておくことも一つの方法です。共同名義口座であれば、一方のパートナーが亡くなっても、生存するパートナーの持ち分については凍結の対象とならず、引き続き利用できる場合があります(金融機関のルールによる)。不動産を共同名義で購入した場合も、亡くなったパートナーの共有持分は相続の対象となりますが、生存するパートナーは自身の持分については引き続き所有し続けることができます。ただし、共同名義にはそれぞれ税務上や手続き上の注意点があるため、専門家によく確認することが必要です。
6. 生命保険の受取人に指定する
生命保険の死亡保険金は、原則として受取人固有の財産であり、相続財産とは切り離して扱われます。したがって、生命保険の死亡保険金の受取人にパートナーを指定しておくことで、パートナーが確実に保険金を受け取れるように備えることができます。多くの保険会社では、事実婚関係にあるパートナーを受取人として指定することを認めています。
もし生前対策が十分でなかった場合
もし遺言書などの十分な生前対策が講じられていなかった場合でも、パートナーが亡くなった後の手続きに関わる道が全くないわけではありません。
- 相続人との話し合い: パートナーの法定相続人との間で、誠実に話し合いを行うことが重要です。パートナーが生前にあなたに財産を残すことを望んでいた旨や、共に築いてきた歴史などを伝え、法定相続人から遺贈(死後贈与)や売買などで財産を取得することを交渉する可能性があります。
- 死後事務委任契約の必要性: もし死後事務委任契約がなくても、事実上の配偶者として、葬儀の手配など一部の死後事務を任されることは現実的にはあり得ます。しかし、法的な権限に基づくものではないため、限界があります。
- 専門家への相談: 弁護士や司法書士などの専門家に相談し、法的な観点からどのような手続きが可能か、相続人との交渉を依頼できるかなどを検討することができます。
これらの対応は、パートナーの法定相続人との関係性や、個別の状況に大きく依存します。可能であれば、やはり生前にしっかりと対策を講じておくことが、パートナーにとっても、残されたあなたにとっても、最も安心できる備えとなります。
専門家への相談の重要性
資産形成や相続は専門的な知識が必要な分野です。特にLGBTQ+カップルの場合、法制度が十分に追いついていない現状もあり、個別の事情に応じた最適な対策を講じるためには、専門家のサポートが不可欠です。
弁護士は法的な権利関係や遺言書作成、相続人との交渉、家庭裁判所の手続きなどについて、税理士は相続税や贈与税の計算、税務対策について、司法書士は不動産登記や相続登記、生前贈与や遺言書の作成支援について、行政書士は公正証書以外の契約書作成や死後事務委任契約について、ファイナンシャルプランナー(FP)はライフプラン全体を踏まえた資産形成や相続に関する総合的なアドバイスについて、それぞれ専門性を持っています。
パートナーとの関係性や保有資産の状況、将来の希望などを丁寧に伝え、親身に相談に乗ってくれる専門家を選ぶことが大切です。近年では、LGBTQ+フレンドリーを公言している専門家や、LGBTQ+の顧客の支援実績がある専門家も増えていますので、安心して相談できる専門家を探してみてください。
まとめ
LGBTQ+カップルが、法定相続人ではないという立場でパートナーの相続手続きに直面する際には、様々な課題が発生する可能性があります。しかし、これらの課題は、遺言書、死後事務委任契約、家族信託、生前贈与、共同名義、生命保険などを適切に活用することで、多くの場合、生前に解決策を講じることができます。
大切なのは、パートナーと将来について率直に話し合い、お互いの意思を確認することです。そして、必要に応じて専門家の力を借りながら、お二人に合った最適な備えを進めていくことです。
パートナーと安心して人生を共に歩み、そしてもしもの時も、お互いが尊厳を保ち、穏やかに手続きを進められるように。この記事が、そのための具体的な一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。