パートナーと「家族」になる養子縁組:LGBTQ+カップルの資産承継と相続のポイント
はじめに
LGBTQ+カップルにとって、パートナーシップ制度の利用や公正証書の作成など、二人の関係を法的に安定させるための様々な選択肢があります。その中でも、「養子縁組」は、法的に「家族」という関係性を築くことができる重要な手段の一つです。
養子縁組は、単に形式的な手続きではなく、養親と養子の間に実親子関係と同じような法的な効果を生じさせます。これには、扶養義務の発生や、最も関心の高い点として「相続権」の発生が含まれます。特に、パートナーとの間で相続権がないことに不安を感じている方にとって、養子縁組は資産承継の方法として検討に値する可能性があります。
この記事では、LGBTQ+カップルが養子縁組を検討する際に知っておくべき、資産承継や相続に関するポイントに焦点を当てて解説します。養子縁組の種類や、それが具体的にどのように相続に影響するのか、他の相続対策とどのように組み合わせるべきかについてご理解いただくことで、安心して将来設計を進めるための一助となれば幸いです。
養子縁組が法的な「家族」関係にもたらす効果
養子縁組には、普通養子縁組と特別養子縁組の二種類がありますが、ここでは主に成人間の縁組も可能な普通養子縁組について触れます。普通養子縁組が成立すると、養子と養親の間には法律上の親子関係が生まれます。これにより、養子は養親の相続人となることができます。これは、実子(養子ではなく、血縁上の子)と同様の権利を持つことを意味します。
例えば、一方のパートナー(Aさん)がもう一方のパートナー(Bさん)と養子縁組をした場合、法律上はAさんが養親、Bさんが養子という親子関係になります(この成人を養子とする形態については、その目的や状況により法的な有効性や税務上のリスクが伴う場合がありますので、後述の専門家への相談が非常に重要です)。
この法的な親子関係が成立すると、養子(Bさん)は養親(Aさん)が亡くなった際、法定相続人として財産を相続する権利を得ます。これにより、これまで法的に相続権がなかったパートナーシップ制度利用のカップルでも、養子縁組という手続きを経ることで、実の家族と同様に相続が可能になります。
養子縁組による具体的な相続への影響
養子縁組によって相続権が発生すると、具体的にどのような影響があるのでしょうか。
法定相続分と遺留分
養子は、民法で定められた法定相続人となります。養子縁組をした養子は、実子がいる場合は実子と同じ順位、実子がいない場合は配偶者や親、兄弟姉妹などの他の親族と共に、民法で定められた割合(法定相続分)に従って遺産を相続する権利を持ちます。
また、養子には「遺留分」も認められます。遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障されている、最低限相続できる財産の割合のことです。たとえば、遺言書で養子以外の人物にすべての財産を遺贈すると書かれていたとしても、養子はこの遺留分を請求する権利を持ちます。これにより、養子縁組をしたパートナーが、亡くなったパートナーの財産を全く受け取れないといった事態を防ぐことができます。
他の相続人への影響
養子縁組によって法定相続人が増える場合、他の法定相続人(養親の実子、親、兄弟姉妹など)がいる場合、その人たちの法定相続分は相対的に減少します。例えば、子がいない方がパートナーを養子とした場合、それまで相続人であった親や兄弟姉妹の相続分に影響が出る可能性があります。養子縁組を検討する際には、これらの他の親族への影響も考慮に入れることが重要です。
養子縁組だけではカバーできない点と他の相続対策との組み合わせ
養子縁組は強力な相続対策の一つですが、これだけで全ての希望を叶えられるとは限りません。特に、養子縁組をしていないパートナーへの財産承継については、別途対策が必要です。
例えば、AさんがBさんを養子とし、Aさんが亡くなった場合、養子であるBさんは相続できます。しかし、もしBさんがAさんより先に亡くなった場合、Bさんの財産をAさんが相続することは、法的な夫婦関係や親子関係がない限り、基本的にはできません(AさんがBさんの親や兄弟姉妹などを養子としていない限り)。
また、養子縁組はあくまで「相続」に関する効果であり、生前の財産管理や医療同意など、その他の「もしも」への備えには直接影響しません。
そのため、養子縁組と併せて以下の対策を検討することで、より包括的な将来設計が可能になります。
- 遺言書の作成: 養子だけでなく、養子にしていないパートナーやその他の希望する人物にも財産を遺したい場合に有効です。遺言書があれば、法定相続分と異なる割合で財産を分けたり、「包括遺贈(財産の全部または一定割合を遺贈すること)」や「特定遺贈(特定の財産を遺贈すること)」を指定したりすることが可能です。ただし、遺留分を侵害しないよう注意が必要です。
- 生命保険の活用: 生命保険の死亡保険金の受取人は、法律上は原則として相続人以外でも指定が可能です。パートナーを確実に受取人に指定することで、養子縁組の有無に関わらず、パートナーにまとまった資金を遺すことができます。保険金は受取人固有の財産とみなされ、原則として相続財産から切り離されるため、他の相続人との間で遺産分割協議をする必要がありません。
- 家族信託(民事信託): 特定の財産(不動産や預貯金など)を信頼できる人(受託者)に託し、指定した目的(例:養子でないパートナーの生活資金として利用する)に従って管理・運用・給付してもらう仕組みです。これにより、遺言書よりも柔軟かつ長期的な財産管理・承継が実現できます。
- 死後事務委任契約: 養子縁組をしたとしても、亡くなった後の葬儀や行政手続き、未払いの医療費の支払いなど、様々な死後事務について法的な権限を持つわけではありません。信頼できるパートナーなどに死後事務を委任する契約を結んでおくことで、スムーズな手続きが可能になります。
- 任意後見制度: 将来、判断能力が衰えた場合に備え、あらかじめ公正証書で任意後見人(財産管理や身上監護を行う人)を指定しておく制度です。養子縁組をしたパートナーを任意後見人に指定することで、判断能力が不十分になった後の財産管理などを任せることができます。
これらの対策は、それぞれ異なる目的や効果を持ちます。養子縁組を検討する際は、これらの対策とどのように組み合わせるのがご自身の状況や希望に最も合っているかを総合的に考えることが重要です。
検討すべきポイントと専門家への相談
養子縁組は、法的な「家族」となり相続権を得るという大きなメリットがある一方で、いくつかの検討すべきポイントがあります。
- 他の親族への影響: 養子縁組によって他の法定相続人の相続分が減る可能性があります。親族間の関係性や感情的な側面も考慮に入れる必要があります。
- 税務上の注意点: 成人を養子とする場合など、養子縁組の目的や状況によっては、税務署から相続税対策のための租税回避行為とみなされ、税務上の恩恵が認められない、あるいは追徴課税が発生するリスクもゼロではありません。特に相続税対策を主目的とする成人間の養子縁組については、極めて慎重な検討が必要です。
- 手続きの複雑さ: 養子縁組の手続き自体は役場への届け出ですが、関係者(養子となる人、その親など)の同意が必要な場合もあります。
これらの複雑な要素を踏まえ、養子縁組を検討する際には、必ず専門家への相談をお勧めします。
- 弁護士: 養子縁組の手続き、法的な有効性、他の親族との関係性、遺留分など、法的な観点からのアドバイスや手続きのサポートを依頼できます。
- 税理士: 養子縁組が相続税や贈与税に与える影響、税務上のリスクや注意点について、専門的な知識に基づいたアドバイスを得られます。
- ファイナンシャルプランナー(FP): 養子縁組を含めた相続対策全体の中で、ご自身のライフプランや資産状況に合わせた最適な選択肢を、資金計画の観点からアドバイスしてもらえます。
特にLGBTQ+のカップルの支援に理解がある、あるいは積極的に取り組んでいる専門家を選ぶと、安心して相談を進めることができるでしょう。
まとめ
養子縁組は、LGBTQ+カップルが同性パートナーと法的に家族となり、相続権を得るための有力な方法の一つです。これにより、パートナーに確実に財産を承継させ、遺留分によって権利を守ることが可能になります。
しかし、養子縁組は単独で万能な対策ではなく、遺言書、生命保険、家族信託、死後事務委任契約、任意後見制度など、他の様々な対策と組み合わせることで、よりご自身の希望に沿った、包括的で安心できる将来設計を実現できます。
養子縁組は、他の親族への影響や税務上の考慮も必要なため、検討にあたっては弁護士、税理士、ファイナンシャルプランナーといった専門家にご自身の状況を正直に話し、アドバイスを受けることが非常に重要です。パートナーと共にしっかりと話し合い、専門家のサポートも活用しながら、二人の関係をより確かなものにするための最適な方法を見つけていただければと思います。