もしもの資産管理を任せるなら?:LGBTQ+カップルのための成年後見制度と任意後見制度比較ガイド
はじめに
人生には予期せぬ出来事が起こりえます。突然の病気や事故などにより、自分自身で財産を管理したり、必要な契約を結んだりすることが難しくなるかもしれません。このような「もしも」の時に、大切なパートナーの財産を守り、生活を支えるためにどのような備えができるでしょうか。
特にLGBTQ+カップルにおいては、法的な関係が不明確な場合、お互いの財産管理や医療・ケアに関する意思決定が困難になるケースが少なくありません。日本の法制度では、婚姻関係にないパートナーに対して、家族と同様の権利や権限が自動的に認められないためです。
この記事では、もしもの時の備えとして検討できる「成年後見制度」と「任意後見制度」に焦点を当て、その仕組みや違い、そしてLGBTQ+カップルがそれぞれの制度をどのように活用できるのか、あるいはどのような点に注意すべきなのかを詳しく解説します。どちらの制度が自分たちに合っているのかを考えるヒントとして、ぜひお役立てください。
もしもの備えとしての「後見制度」とは
「後見制度」とは、認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力が不十分になった方を保護・支援するための法的な仕組みです。本人の権利を守り、財産管理や生活に関する契約などを適切に行えるように支援することを目的としています。
後見制度には、大きく分けて「法定後見制度」と「任意後見制度」の二種類があります。
法定後見制度(成年後見制度)とは
法定後見制度は、本人の判断能力が既に不十分な場合に、家庭裁判所が本人を援助する人(成年後見人、保佐人、補助人)を選任する制度です。本人の判断能力の程度によって、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があります。
仕組みと開始までの流れ
- 開始: 本人の判断能力が不十分になった後に、本人、配偶者、四親等内の親族などが家庭裁判所に申し立てを行います。
- 後見人等の選任: 申し立てを受けた家庭裁判所は、本人の判断能力の程度などを考慮し、最も適切と思われる後見人等を選任します。弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家が選ばれることが多いですが、親族が選ばれる可能性もあります。
- 権限: 選任された後見人等は、本人の生活、医療、介護に関する契約を結んだり、財産を管理したりする権限を持ちます。後見人には取消権や追認権(本人が行った不利益な法律行為を取り消したり、有効にしたりする権限)も与えられます。
LGBTQ+カップルが法定後見制度を利用する際の注意点
- パートナーが後見人に選ばれる可能性: 法定後見制度では、申し立ての際にパートナーを後見人候補者として推薦することは可能ですが、最終的に誰を後見人等にするかは家庭裁判所が判断します。婚姻関係にないパートナーは、親族に比べて選ばれにくい傾向にある可能性があります。パートナーシップ証明書などがあれば考慮されることもありますが、保証されるものではありません。
- 後見人の職務: 選任された後見人等は、本人の最善の利益のために職務を行います。これは本人の財産を保全することや、本人の心身の状態及び生活状況に配慮することを意味しますが、必ずしもパートナーの意向や二人の関係性を最優先するとは限りません。例えば、同居している自宅の売却が必要と判断されるケースなどもありえます。
- 家庭裁判所の監督: 法定後見制度は家庭裁判所の強い監督下に置かれます。これは本人の財産保護につながる一方、手続きや判断に時間や制約が生じる場合があります。
任意後見制度とは
任意後見制度は、本人がまだ十分な判断能力を持っているうちに、「将来、判断能力が不十分になった場合に、自分に代わって財産管理や生活、医療、介護に関する事務を行ってもらう人(任意後見人)」と「どのような事務を依頼するか」を契約(任意後見契約)で決めておく制度です。
仕組みと開始までの流れ
- 契約締結: 本人が判断能力のあるうちに、信頼できる人(パートナーなど)と任意後見契約を結びます。この契約は、公正証書で作成する必要があります。
- 開始: 本人の判断能力が不十分になったら、任意後見契約を締結した本人、配偶者、四親等内の親族または任意後見受任者(契約相手)が家庭裁判所に申し立てを行います。
- 任意後見監督人の選任: 家庭裁判所は、任意後見契約が適切に履行されるかを監督する「任意後見監督人」を選任します。任意後見契約は、この任意後見監督人が選任されたときから効力が生じます。
- 権限: 任意後見人は、任意後見契約で定めた範囲内で、本人の財産管理や身上保護に関する事務を行います。任意後見監督人は、任意後見人が適切に職務を遂行しているかをチェックし、家庭裁判所に報告します。
LGBTQ+カップルが任意後見制度を利用するメリットと注意点
- メリット:
- 信頼できるパートナーを指定できる: 判断能力があるうちに自分で任意後見人を選べるため、最も信頼できるパートナーに将来を託すことができます。
- 希望する事務内容を定められる: 契約で具体的な支援内容(例:預貯金の管理、公共料金の支払い、介護施設との契約、医療機関への費用の支払いなど)を tailor-made に定めることができます。
- 本人の意思を反映しやすい: 将来にわたって自分の意思が尊重される可能性が高まります。
- 注意点:
- 公正証書作成の手間と費用: 契約は公正証書で行う必要があり、公証役場での手続きと費用がかかります。
- 任意後見監督人の費用: 任意後見が開始されると、任意後見監督人への報酬(通常は本人の財産から支払われる)が発生します。
- 医療行為への同意権はない: 任意後見契約で身上保護に関する事務を定めても、医療行為そのものへの同意権は原則として任意後見人にはありません。これは法定後見人も同様です。緊急時や手術などの重要な医療判断に備えるには、別途「医療同意委任契約」などを検討する必要があります(ただし、医療機関によっては対応が異なる場合があります)。
- 契約前の財産管理はカバーされない: 任意後見契約は、本人の判断能力が低下し、任意後見監督人が選任されて初めて効力が生じます。判断能力があるけれど体調不良などで一時的に財産管理が難しいといった状況には対応できません。
成年後見制度と任意後見制度の比較
両制度の主な違いを以下の表にまとめました。
| 項目 | 成年後見制度(法定後見制度) | 任意後見制度 | | :------------- | :----------------------------------------------- | :----------------------------------------------- | | 開始時期 | 本人の判断能力が不十分になった後 | 本人の判断能力があるうちの契約締結、不十分になった後の任意後見監督人選任 | | 手続き | 家庭裁判所への申し立て | 公正証書での契約締結、家庭裁判所への申し立て(開始時) | | 後見人等の選任 | 家庭裁判所が選任 | 本人が契約で指定(家庭裁判所が任意後見監督人を選任) | | 選任される人 | 専門家(弁護士、司法書士など)が多い。親族も可能性あり。 | 契約相手(親族、友人、専門家など)。パートナーも指定可能。 | | 契約内容/権限 | 法律で定められた範囲(後見、保佐、補助) | 契約で定めた範囲(任意後見監督人の監督下) | | 家庭裁判所の関与 | 強い監督 | 任意後見監督人による監督(間接的) | | 費用 | 申し立て費用、後見人等への報酬 | 公正証書作成費用、任意後見監督人への報酬 | | 柔軟性 | 法律に定められた範囲内で限定的 | 契約内容により比較的柔軟 |
LGBTQ+カップルはどちらを選ぶべきか?判断のポイント
どちらの制度が適しているかは、現在の状況や将来の希望によって異なります。
- 既にパートナーの判断能力が低下している場合: この場合は、任意後見制度の契約を締結することが難しいため、法定後見制度の利用を検討することになります。申し立ての際に、パートナーシップ証明書などを提出し、ご自身を後見人候補者として推薦する意向を伝えることが考えられます。
- 現在、お互いに判断能力がある場合: 将来の備えとして、任意後見制度を検討することが第一の選択肢となります。信頼できるパートナーを任意後見人に指定し、自分たちの希望に沿った契約内容を定めることができるため、安心感が高いと言えます。公正証書作成や任意後見監督人の費用はかかりますが、将来の不確実性に対する大きな備えになります。
- 財産管理だけでなく、判断能力があるうちの事務委任も考えたい場合: 判断能力があるうちは「任意代理契約(財産管理等委任契約)」、判断能力が低下した後は「任意後見契約」というように、複数の契約を組み合わせて備える方法もあります。任意代理契約では、例えば銀行との取引や自宅の管理などを委任することができます。
- 特定の財産(例:特定の不動産やアパート経営)の管理や承継に特化して備えたい場合: 「家族信託」がより適しているケースもあります。これは、特定の財産を信頼できる家族(パートナーなど)に託し、管理・運用や将来の承継方法を決めておく仕組みです。後見制度が身上保護を含む包括的な支援を目的とするのに対し、家族信託は財産管理・承継に特化した制度と言えます。
他の選択肢との連携
成年後見制度や任意後見制度は、もしもの時の「判断能力が不十分になった後の備え」ですが、それだけで全ての不安が解消されるわけではありません。他の制度や手続きと組み合わせて利用することで、より包括的な備えが可能になります。
- 任意代理契約(財産管理等委任契約): 判断能力があるうちの財産管理や生活上の事務を任せたい場合に有効です。任意後見契約とセットで結ばれることも多く、これを「移行型任意後見契約」と呼ぶこともあります。
- 医療同意委任契約: 繰り返しになりますが、後見人等には医療行為への同意権は原則ありません。入院や手術、延命治療などに関する医療同意をパートナーに委任したい場合は、別途、医療同意委任契約や尊厳死宣言公正証書などを検討する必要があります。ただし、医療機関側の対応が異なる場合があるため、事前に確認しておくことが重要です。
- 死後事務委任契約: ご自身の死後の手続き(病院への支払い、葬儀、行政への届け出、遺品整理など)をパートナーに任せたい場合に有効です。相続権のないパートナーがこれらの手続きをスムーズに行うために役立ちます。
- 遺言書: 遺産をパートナーに遺したい場合は、必ず遺言書を作成しておく必要があります。法定相続人以外への遺贈は遺言書がなければ実現できません。
これらの制度や契約は、それぞれ目的や効力の及ぶ範囲が異なります。自分たちのライフスタイルや将来起こりうるリスクを具体的に想像し、どのような備えが必要かを整理することが大切です。
専門家への相談を検討しましょう
後見制度や関連する手続きは複雑であり、個々の状況によって最適な選択肢は異なります。また、LGBTQ+カップル固有の配慮が必要となる場面もあります。
このような時には、専門家への相談を検討することをお勧めします。
- 弁護士: 法律全般に関わる相談、任意後見契約書の作成支援、法定後見制度の申し立て支援など。
- 司法書士: 任意後見契約書の作成支援、法定後見制度の申し立て書類作成支援、登記手続きなど。
- 行政書士: 任意後見契約書以外の各種契約書(任意代理契約、死後事務委任契約など)の作成支援。
- ファイナンシャルプランナー(FP): 資産状況全体の把握、将来の資金計画を踏まえた上での後見制度や他の備えに関するアドバイス。
多くの専門家がLGBTQ+フレンドリーな姿勢を打ち出しています。ウェブサイトを検索したり、信頼できる団体に紹介を依頼したりして、安心して相談できる専門家を探してみてください。早めに相談することで、具体的な選択肢を知り、計画的に備えを進めることができます。
まとめ
もしもの時に、大切なパートナーの生活や財産を守るための備えは、LGBTQ+カップルにとって特に重要な課題です。判断能力が不十分になった場合に備える制度として、法定後見制度と任意後見制度があります。
法定後見制度は判断能力が低下した後に家庭裁判所が選任する制度であり、任意後見制度は判断能力があるうちに自分で任意後見人や契約内容を決めておく制度です。LGBTQ+カップルにとっては、信頼できるパートナーに将来を託しやすい任意後見制度が、希望する備えを実現するための有力な選択肢の一つとなるでしょう。
しかし、どちらの制度にもメリット・デメリットがあり、また医療同意や死後事務など、後見制度だけではカバーできない範囲もあります。任意代理契約、医療同意委任契約、死後事務委任契約、そして遺言書など、他の制度や手続きと組み合わせることで、より包括的な安心を築くことができます。
将来に対する不安を解消し、パートナーと共に安心して日々を過ごすために、これらの制度について理解を深め、必要に応じて専門家にも相談しながら、具体的な備えについて話し合ってみることをお勧めします。パートナーとの絆を法的にも経済的にも守るための一歩を踏み出しましょう。