LGBTQ+カップルと相続税・贈与税:パートナーへの資産移転を円滑にする知識と対策
はじめに:パートナーへの資産移転と税金
パートナーと将来を共に歩む上で、お二人の間で資産をどのように形成し、もしもの時にスムーズに引き継ぐかという点は、避けて通れない大切なテーマです。特に、相続や贈与といった資産移転には、税金が関わってきます。相続税や贈与税と聞くと難しく感じられるかもしれませんが、基本的な知識を持つことは、パートナーへ安心して資産を託すための第一歩となります。
本記事では、LGBTQ+カップルが資産をパートナーへ移転する際に考慮すべき相続税・贈与税について、その基本的な仕組みから、LGBTQ+カップルが直面しうる固有の課題、そして具体的な対策や専門家への相談方法までを分かりやすく解説します。
相続税・贈与税の基本的な仕組み
まず、相続税と贈与税の基本的な仕組みについて理解しましょう。
相続税とは
相続税は、人が亡くなったときに、その亡くなった方(被相続人)から財産を受け継いだ方(相続人や受遺者)に課される税金です。
- 課税対象となる財産: 土地、建物、現金、預貯金、有価証券(株や投資信託)、宝石、自動車などのプラスの財産だけでなく、借入金や未払金などのマイナスの財産も含まれます。生命保険金や退職金なども、一定額を超える部分はみなし相続財産として課税対象となる場合があります。
- 税額の計算: 亡くなった方の遺産総額から、借入金などのマイナスの財産や葬式費用を差し引き、さらに一定の非課税枠(生命保険金・退職金の非課税枠など)を控除した額が、相続税の計算の基となる「課税遺産総額」となります。この課税遺産総額が「相続税の基礎控除額」を超える場合に相続税が発生します。相続税の基礎控除額は、「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」で計算されます。
贈与税とは
贈与税は、生きている人から財産をもらったときに、もらった人(受贈者)に課される税金です。
- 課税対象となる財産: 相続税と同様に、現金、預貯金、不動産、有価証券などが対象となります。個人から個人への贈与が対象です。
- 税額の計算: 贈与税には主に二つの課税方法があります。
- 暦年課税: 1月1日から12月31日までの1年間にもらった財産の合計額に対して課税される方法です。年間110万円の基礎控除があり、贈与財産の合計額が110万円以下であれば贈与税はかかりません。これを活用した計画的な贈与は、相続税対策としても有効です。
- 相続時精算課税: 贈与時に一定の非課税枠(贈与者ごとに累計2,500万円まで)を利用し、贈与税の支払いを相続時まで猶予または免除する制度です。相続が発生した際に、贈与された財産と相続財産を合計して相続税を計算し、既に支払った贈与税があれば精算します。この制度を選択すると、暦年課税の年間110万円の基礎控除は利用できなくなります。
LGBTQ+カップルが相続税・贈与税で直面しうる課題
異性間の法律婚をした夫婦であれば、相続において配偶者は常に法定相続人となり、大きな税制上の優遇措置があります(例:配偶者の税額軽減)。しかし、現行法上、同性カップルは法律婚が認められていないため、以下のような固有の課題に直面する可能性があります。
- 法定相続人となれないことによる税負担増: 遺言がない場合、パートナーは法定相続人ではないため、財産を相続することはできません。遺言によって財産を遺贈する場合でも、パートナーは「相続人以外の者」となるため、相続税の計算における基礎控除額(「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」)を計算する際の法定相続人の数には含まれません。また、相続税額が計算された後、相続人以外の者が財産を取得した場合、その税額が2割増しになる加算措置の対象となる可能性があります。
- 配偶者の税額軽減を利用できない: 法律上の配偶者には、相続した財産のうち一定額(法定相続分または1億6,000万円のいずれか多い額)まで相続税がかからない「配偶者の税額軽減」という制度があります。この制度は非常に大きく、法律婚の夫婦の相続税負担を大幅に軽減しますが、法律上の配偶者ではないパートナーは利用できません。
- 贈与税の配偶者控除を利用できない: 法律上の夫婦が居住用不動産やその取得資金を贈与する場合、一定の要件を満たせば2,000万円まで控除できる特例(贈与税の配偶者控除、おしどり贈与とも呼ばれます)がありますが、これも利用できません。
これらの課題は、単に税金の問題だけでなく、パートナーへ安心して財産を引き継ぎたいという願いを実現する上で、具体的な対策を講じることの重要性を示しています。
LGBTQ+カップルのための相続税・贈与税対策
税負担を軽減し、パートナーへの円滑な資産移転を実現するために、いくつかの対策を検討することができます。
1. 遺言書の作成
最も基本的な対策の一つです。遺言書を作成することで、法定相続人ではないパートナーにも財産を遺すことができます。
- メリット: 遺言者の意思に基づき、パートナーに確実に財産を移転できます。
- 注意点: 前述の通り、パートナーが相続税の2割加算の対象となる可能性があること、また、遺言があっても遺留分(兄弟姉妹以外の法定相続人に最低限保障される遺産取得分)を侵害する内容は、後にトラブルの原因となる可能性がある点に留意が必要です。遺留分に関する配慮や、遺留分対策(例えば、他の相続人に十分な財産を遺す、生前贈与を活用するなど)も合わせて検討することが望ましいでしょう。
2. 生前贈与の活用
パートナーへ少しずつ財産を贈与していく方法です。
- 暦年課税: 年間110万円の基礎控除を利用して、計画的に贈与を行うことで、贈与税をかけずに、または低い税負担で財産を移転できます。長期的に見れば、相続財産そのものを減らす効果も期待できます。ただし、税務署に「連年贈与」とみなされ、最初からまとまった金額を贈与する意思があったと判断されると、贈与税が課されるリスクもあるため、贈与の都度、贈与契約書を作成するなど形式を整えることが重要です。
- 相続時精算課税: まとまった金額を贈与したい場合に有効ですが、贈与された財産は相続時に相続財産と合算されて相続税が計算されます。また、一度この制度を選択すると、同じ贈与者からの贈与については暦年課税に戻せません。将来の税負担をシミュレーションした上で慎重に判断する必要があります。
3. 養子縁組
パートナーとの間で養子縁組を行うことで、パートナーは法律上の親子となり、相続において法定相続人となります。
- メリット: 法定相続人となることで、相続税の基礎控除額計算における法定相続人の数に含められるようになり、生命保険金・退職金の非課税枠(「500万円 × 法定相続人の数」)も増額されます。また、相続税の2割加算の対象外となります。
- 注意点: 養子縁組は税金対策のため「だけ」に行うものではなく、戸籍に記載され、法律上の親子関係が発生します。離縁は原則として家庭裁判所の許可が必要となるなど、容易ではありません。税務上のメリットだけでなく、関係性や将来にわたる影響を十分に考慮した上で検討する必要があります。実子がいる場合、養子縁組によってその実子の相続分が減る可能性もあるため、家族間でしっかりと話し合うことが重要です。
4. 生命保険の活用
生命保険は、受取人を指定することで、遺言や相続手続きを経ずに、スムーズにパートナーへ死亡保険金を渡すことができる有効な手段です。
- 注意点: パートナーが法定相続人ではない場合、生命保険金の非課税枠(「500万円 × 法定相続人の数」)は利用できません。しかし、保険金自体は受取人固有の財産とみなされ、原則として遺産分割の対象とはなりません。受取人をパートナーに指定した生命保険を活用することで、パートナーの生活保障や相続税の納税資金に充ててもらうことが可能です。
5. その他の制度
- 家族信託: 財産の管理・承継を任せる制度ですが、家族信託そのものに直接的な相続税・贈与税の軽減効果はありません。しかし、財産を円滑に次世代へ引き継ぐための手段として、遺言など他の方法と組み合わせて検討されることがあります。
- 公正証書、任意後見制度、死後事務委任契約など: これらの制度は、財産管理や身元保証、死後の手続きなど、税金以外の側面でパートナーとの関係を安定させるための有効な手段ですが、直接的な相続税・贈与税の軽減効果はありません。しかし、これらの手続きを整えておくことで、パートナーが直面するであろう物理的・精神的な負担を軽減し、結果として円滑な財産承継を助けることにつながります。
専門家への相談を検討する
相続税・贈与税に関する知識は複雑であり、個々の状況によって最適な対策は異なります。また、法制度や税制は改正される可能性もあります。そのため、専門家への相談は非常に重要です。
- 相談先:
- 税理士: 相続税・贈与税の計算、申告、節税対策について具体的なアドバイスを得られます。
- 弁護士: 遺言書の作成、遺産分割、養子縁組など、法的な手続きやトラブルの相談ができます。
- ファイナンシャルプランナー(FP): ライフプラン全体を踏まえた資産形成、保険活用、相続・贈与を含めた総合的な資金計画について相談できます。
- LGBTQ+フレンドリーな専門家を探す: LGBTQ+カップル固有の課題や状況に理解のある専門家を見つけることが、安心して相談を進める上で大切です。インターネット検索やNPO法人などの情報を参考に、相談実績や専門分野を確認して選びましょう。
- 相談のタイミング: 相続が発生してからでは対策が限られてしまうため、元気なうちにパートナーと話し合い、早めに専門家に相談することをおすすめします。生前贈与や養子縁組などは、時間的な余裕を持って検討する必要があります。
まとめ:安心してパートナーへ資産を託すために
LGBTQ+カップルがパートナーへ財産を円滑に引き継ぐ上で、相続税・贈与税は無視できない要素です。法律上の制限がある中で、遺言、生前贈与、養子縁組、生命保険の活用など、様々な対策を組み合わせることで、パートナーへの税負担を軽減し、意図した通りの資産移転を実現することが可能になります。
税金の話は難しく感じられるかもしれませんが、パートナーとの将来のために、ぜひお二人で話し合い、必要な知識を得て、具体的な行動を始めてください。この記事が、その一助となれば幸いです。疑問や不安がある場合は、迷わず専門家に相談し、安心して将来への準備を進めていきましょう。