パートナーに財産を託す:LGBTQ+カップルのための遺言書作成ガイド
はじめに:なぜLGBTQ+カップルに遺言書が必要なのか
パートナーとの未来を共に歩む中で、互いを支え合い、共に築き上げてきた資産を、もしもの時に大切なパートナーに確実に引き継ぎたいと考えるのは自然なことです。しかし、日本の現行法では、婚姻関係にない同性パートナーは法的な相続人として認められていません。これは、長年連れ添い、共に生活を営み、経済的に支え合ってきたとしても、法的には「他人」として扱われてしまうという現実を意味します。
パートナーシップ制度を利用している場合でも、その効力は自治体によって異なり、法的な相続権までは認められていないことがほとんどです。そのため、遺言書がない場合、残された財産は法定相続人(親、兄弟姉妹など)に渡ってしまい、パートナーが何も受け取れない、あるいは住み慣れた家を失ってしまうといった状況が発生するリスクがあります。
このような不安を解消し、あなたの想いを形にし、パートナーが安心して将来を歩めるようにするための最も有効な手段の一つが、「遺言書」を作成することです。遺言書は、ご自身の死後、誰にどのような財産をどれだけ分け与えるかを、法的に有効な形で指定できる重要な書類です。
このガイドでは、LGBTQ+カップルがパートナーのために遺言書を作成する際に知っておくべき基本的な知識から、具体的な作成ステップ、種類別の特徴、費用、そして注意点までを分かりやすく解説します。遺言書作成は難しそうだと感じている方もいらっしゃるかもしれませんが、一つずつ丁寧に見ていきましょう。
遺言書の種類とLGBTQ+カップルにおすすめの方法
遺言書にはいくつか種類があり、それぞれに特徴や作成方法が異なります。LGBTQ+カップルがパートナーへ確実に財産を遺すという目的においては、特にその「確実性」と「遺言執行の手間」を考慮して選ぶことが重要です。主な遺言書の種類は以下の3つです。
1. 自筆証書遺言
遺言者が全文、日付、氏名を自筆し、押印して作成する遺言書です。
- メリット: 手軽に作成でき、費用がかかりません(保管制度を利用する場合は手数料がかかります)。
- デメリット:
- 形式不備により無効になるリスクがあります。
- 紛失したり、隠匿・偽造されたりするリスクがあります。
- 家庭裁判所での検認手続きが必要です(2020年7月10日から始まった「自筆証書遺言書保管制度」を利用した場合を除く)。検認には時間と手間がかかり、残されたパートナーへの負担となります。
- 内容が不明瞭だったり、解釈が分かれたりする可能性があります。
2. 公正証書遺言
遺言者が公証役場に出向き、公証人に遺言の内容を伝え、証人2名以上の立ち会いのもと、公証人が筆記して作成する遺言書です。
- メリット:
- 公証人が法律に従って作成するため、形式不備で無効になるリスクが極めて低く、内容の正確性・明確性が高いです。
- 原本が公証役場に保管されるため、紛失や偽造の心配がありません。
- 家庭裁判所での検認手続きが不要です。これにより、遺言執行(遺言の内容を実現するための手続き)がスムーズに進みます。
- デメリット: 作成に費用がかかり、証人が2名以上必要です。
3. 秘密証書遺言
遺言者が遺言書を作成し封印した後、公証人と証人2名以上の前で自身の遺言書であることを証明してもらう遺言書です。内容を秘密にしたまま存在を公的に証明できます。
- メリット: 遺言内容を秘密にできます。
- デメリット:
- 遺言書自体は自筆または代筆・パソコン作成も可能ですが、形式不備で無効になるリスクは残ります。
- 家庭裁判所での検認手続きが必要です。
- 公証人は内容を確認しないため、内容の有効性は保証されません。
【LGBTQ+カップルにおすすめの方法】
パートナーに確実に財産を遺し、かつ残されたパートナーの負担を最小限に抑えるという観点からは、公正証書遺言が最もおすすめです。法的な有効性が高く、紛失・偽造のリスクがなく、検認が不要なため、遺言執行がスムーズに行えます。多少の費用はかかりますが、その安心感と確実性は他の方法に勝ります。
遺言書でできること、できないこと
遺言書は、あなたの財産をパートナーに託すための強力なツールですが、何でも自由に指定できるわけではありません。
遺言書でできる主なこと
- 特定の財産を誰に遺すか指定する(特定遺贈): 「〇〇銀行の預金全額をパートナーの△△に遺贈する」「自宅の土地建物をパートナーの△△に遺贈する」のように、特定の財産を指定して遺すことができます。
- 財産の全部または割合を指定して誰に遺すか指定する(包括遺贈): 「私の全財産の半分をパートナーの△△に遺贈する」「私の全財産をパートナーの△△に遺贈する」のように、割合や全部を指定して遺すことができます。
- 遺言執行者を指定する: 遺言の内容を実現するための手続き(不動産の名義変更や預金の払い戻しなど)を行う「遺言執行者」を指定できます。遺言執行者は相続人でも受遺者(遺贈を受ける人)でもよく、個人(パートナーや友人など)でも法人(弁護士法人、司法書士法人など)でも指定可能です。遺言執行者がいると、手続きがスムーズに進みます。
- 負担付遺贈: 財産を遺す代わりに、受遺者(遺贈を受けるパートナー)に何らかの義務を負わせることも可能です。「自宅を遺贈する代わりに、私が飼っているペットの世話をお願いする」といった内容が考えられます。
- 祭祀承継者の指定: 先祖の供養や墓守をする人を指定できます。
- 認知、推定相続人の廃除: 法的な身分に関わることも一部指定できますが、手続きが必要です。
- 付言事項: 法的な効力はありませんが、遺言書を作成した理由や、残されたパートナーへの感謝の気持ち、最期のメッセージなどを自由に書き添えることができます。これは、あなたの想いをパートナーや法定相続人に伝える大切な機会となります。
遺言書でできないこと
- 遺留分を侵害する内容: 兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子、直系尊属など)には、遺産の一定割合を受け取る権利である「遺留分」があります。遺言書で遺留分を侵害する内容を指定した場合でも遺言書自体は有効ですが、遺留分権利者から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。パートナーへ全財産を遺贈する遺言書を作成する場合、遺留分に配慮するか、事前に法定相続人と話し合っておくことが望ましい場合があります。
- 特定の誰かに「相続させる」と書く(法的相続人以外への相続): 遺言書で財産を遺す場合、法定相続人以外に対しては「遺贈する」という表現を用います。「相続させる」という表現は、法的な相続人に対してのみ有効です。パートナーは法定相続人ではないため、「遺贈する」と正確に記述する必要があります。
- 公序良俗に反する内容: 法令に違反する内容や、社会的な常識に反する内容を指定することはできません。
- 身分行為(結婚、離婚、養子縁組など)の強制: 遺言によって特定の身分関係の形成や解消を強制することはできません。
- あいまいな表現: 誰に何を遺すかが特定できないあいまいな表現は、遺言書が無効になったり、解釈で争いが生じたりする原因となります。財産や受遺者は具体的に特定する必要があります。
遺言書作成の具体的なステップ(公正証書遺言の場合)
パートナーへ確実に財産を遺すための公正証書遺言作成のステップは以下の通りです。
- 遺言内容の検討:
- 誰に(パートナーの名前や住所)、何を(預金、不動産、有価証券など)、どれだけ遺したいかを具体的に考えます。
- 遺言執行者を誰にするか検討します。パートナーを指定することも、専門家を指定することも可能です。
- 法定相続人の有無、特に遺留分を持つ方がいるかを確認し、必要に応じて配慮を検討します。
- パートナーへのメッセージ(付言事項)をどうするか考えます。
- 必要書類の準備:
- 遺言者ご本人の印鑑登録証明書、実印。
- 遺言者の戸籍謄本。
- 財産に関する資料(不動産の登記簿謄本、固定資産評価証明書、預貯金の通帳や残高証明書、有価証券の明細など)。
- 財産を遺す相手(パートナー)の住民票。
- 証人2名以上の氏名、住所、生年月日、職業がわかる情報。証人には未成年者や遺贈を受ける人(パートナーを含む)とその配偶者・直系血族などはなれません。信頼できる友人や、専門家(司法書士や弁護士など)に依頼するのが一般的です。
- 公証役場との打ち合わせ:
- お近くの公証役場に連絡し、遺言書作成の相談予約をします。
- 公証人と遺言内容について打ち合わせを行います。公証人から法的なアドバイスを受けることができます。この際、上記2で準備した書類を提出します。
- 遺言書の文案を作成してもらいます。
- 遺言書の作成(証人立ち会い):
- 公証役場に出向き、公証人が作成した遺言書の内容を確認します。
- 証人2名以上の立ち会いのもと、遺言者が公証人の読み上げる遺言内容に間違いがないことを確認し、署名・押印します。証人も署名・押印します。
- 公証人が署名・押印して完成です。原本は公証役場に保管され、正本と謄本が遺言者に交付されます。
- 保管・見直し:
- 交付された正本・謄本は大切に保管します。遺言執行者に指定した方にもコピーを渡しておくと良いでしょう。
- 法改正、財産の変動、パートナーとの関係性の変化などに応じて、遺言書の内容が現在の状況に合っているか定期的に見直し、必要であれば変更や撤回を検討しましょう。
遺言書作成にかかる費用
公正証書遺言を作成する場合、主に以下の費用がかかります。
- 公証役場の手数料: 遺贈を受ける人数や遺贈する財産の価額によって、法律で定められた手数料がかかります。財産の価額が高くなるほど手数料も高くなります。公証役場のホームページなどで計算シミュレーションが可能な場合もあります。
- 必要書類の取得費用: 戸籍謄本や住民票、登記簿謄本などの取得にかかる実費です。
- 証人への謝礼(専門家に依頼する場合): 証人を専門家(司法書士、弁護士など)に依頼する場合、証人一人あたり1万円程度が目安となることが多いです。
- 専門家への報酬(任意): 遺言内容の相談や文案作成、公証役場との調整などを専門家(弁護士、司法書士など)に依頼する場合、別途報酬がかかります。難易度や依頼範囲によって異なりますが、数万円~数十万円が目安となります。専門家に依頼することで、手続きがスムーズに進み、より安心して遺言書を作成できます。
遺言書作成時の注意点
- 遺留分への配慮: 法定相続人に遺留分がある場合、パートナーへ遺贈する内容が遺留分を侵害していないか確認が必要です。遺留分権利者との間でトラブルになることを避けるため、事前に話し合いを持つことも有効な選択肢の一つです。
- 財産の特定: 遺言書に記載する財産は、後々特定できるように具体的に記述します。不動産であれば所在地や地番・家屋番号、預金であれば金融機関名、支店名、口座番号などです。
- 曖昧な表現の回避: 誰に何を遺すかが明確に伝わるように、具体的に、かつ正確な表現を用います。「〇〇に適切に分配する」といったあいまいな表現は避けましょう。
- 定期的な見直し: ライフイベント(財産の増減、パートナーとの関係性の変化、家族構成の変化など)に応じて、遺言書の内容が現状に合っているか定期的に確認し、必要であれば変更手続きを行いましょう。
- 遺言執行者の指定: パートナーを遺言執行者に指定することも可能ですが、パートナーが手続きに不慣れな場合や、他の法定相続人との間に調整が必要な可能性がある場合は、弁護士や司法書士などの専門家を遺言執行者に指定する方がスムーズに進む場合があります。
- 保管場所と存在の共有: 公正証書遺言の原本は公証役場に保管されますが、交付された正本や謄本の保管場所を信頼できる人(パートナー、遺言執行者、専門家など)に伝えておくことが重要です。また、遺言書を作成したこと自体をパートナーに伝えておくことで、もしもの時に遺言書の存在が分からず執行されないという事態を防げます。
専門家への相談を検討する
遺言書の作成は、法的な要件を満たす必要があり、ご自身の想いを正確に反映させるためには専門的な知識が役立ちます。特に、財産の種類が多い場合、法定相続人との関係性に配慮が必要な場合、または遺言執行をスムーズに進めたい場合は、弁護士、司法書士、行政書士、あるいは税理士(相続税に関する相談)といった専門家への相談を検討することをおすすめします。
- 弁護士: 相続に関する全般的な相談、遺留分問題の検討、遺言執行者の指定などが可能です。
- 司法書士: 不動産登記に関する相談、遺言書の作成支援、遺言執行者の指定などが可能です。
- 行政書士: 遺言書の作成支援、公正証書遺言の証人などが可能です。
- 税理士: 相続税や贈与税に関する試算やアドバイスが可能です。
LGBTQ+カップルの資産形成や相続に理解のある、または積極的に取り組んでいる専門家を探すと、より安心して相談できるでしょう。インターネット検索や、各地の司法書士会・弁護士会の窓口に問い合わせることで、適切な専門家を見つけるヒントが得られます。
まとめ:パートナーへの想いを遺言書で形に
遺言書は、あなたが人生を共に歩んだ大切なパートナーへ、感謝の気持ちと共に財産や安心を確実に引き継ぐための、最も有効で確実な法的手続きです。現行制度の課題がある中でも、遺言書を作成することで、あなたの意思を尊重し、パートナーの将来を守ることができます。
特に、法的な効力が高く、検認が不要で、紛失の心配がない公正証書遺言は、LGBTQ+カップルにとって安心できる選択肢と言えるでしょう。遺言書作成には多少の手間や費用がかかるかもしれませんが、それはパートナーへ贈る何よりの安心と、あなたの愛情の証となるはずです。
遺言書作成は、あなたの人生の総決算であり、パートナーとの絆を再確認する機会でもあります。このガイドを参考に、ぜひ一歩踏み出し、大切なパートナーのために遺言書の作成を検討してみてはいかがでしょうか。分からないことや不安な点は、一人で抱え込まず、信頼できる専門家にも相談しながら進めていくことをお勧めします。あなたの想いが、確かな形でパートナーに届くことを願っています。