パートナーに遺言で遺産を託されたら?LGBTQ+カップルが知っておくべき相続手続きのステップ
はじめに
パートナーとの将来を考え、遺言書を作成することは、LGBTQ+カップルにとって非常に重要な生前対策の一つです。特に、法律上の婚姻関係がない場合、パートナーには法定相続権がありません。そのため、パートナーに財産を遺したいと望むならば、遺言による意思表示が不可欠となります。
しかし、遺言によってパートナーに財産を託された場合、実際にその財産を受け取るためには、法的な手続きが必要となります。法的な相続人ではない立場でこれらの手続きを進めることに、不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、パートナーから遺言によって財産を遺贈(遺言によって無償で財産を与えること)されたLGBTQ+カップルの方々が、具体的にどのような相続手続きを踏む必要があるのか、そのステップと注意点について詳しく解説いたします。安心して手続きを進めるための一助となれば幸いです。
遺言による財産承継とは:遺贈の基本
まず、遺言によって財産を受け取ることを「遺贈(いぞう)」といいます。これは、亡くなった方(遺言者)が生前に遺言書を作成し、法定相続人以外の特定の個人や団体、または法定相続人に対して、無償で自己の財産を与える意思表示のことです。
遺贈には大きく分けて二つの種類があります。
- 包括遺贈(ほうかついぞう): 財産の全部または特定の割合(例:「財産の半分」「遺産の3分の1」)を指定して遺贈する方法です。包括受遺者(遺贈を受ける人)は、相続財産全体に対する割合を指定されるため、プラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産もその割合に応じて承継することになります。
- 特定遺贈(とくていいぞう): 具体的な財産(例:「自宅の土地建物」「〇〇銀行の預金全額」「特定の株式」)を指定して遺贈する方法です。特定受遺者は、指定された財産のみを受け取ります。原則として、借金などのマイナスの財産を承継することはありません。
パートナーへの遺贈は、一般的には特定遺贈で行われることが多いですが、遺言書の内容によっては包括遺贈とされる場合もあります。ご自身がどちらの形で遺贈を受けるのかを、遺言書の内容から正確に把握することが、その後の手続きを理解する上で重要です。
遺言書の種類と確認
遺言書にはいくつかの種類がありますが、代表的なものに「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」があります。
- 自筆証書遺言: 遺言者が全文、日付、氏名を自分で書き、押印して作成する遺言書です。手軽に作成できますが、方式不備で無効になったり、紛失したりするリスクがあります。また、相続開始後、家庭裁判所の「検認(けんにん)」という手続きが必要になります。(法務局に保管されている場合は検認不要です。)
- 公正証書遺言: 公証役場で、証人2人以上の立ち会いの下、公証人が作成する遺言書です。原本が公証役場に保管されるため、紛失や偽造のリスクが少なく、方式不備で無効になる心配もありません。また、検認手続きは不要です。
パートナーの遺言書が見つかったら、まずその種類を確認してください。特に自筆証書遺言の場合は、家庭裁判所での検認手続きを経る必要があります。検認を受けずに遺言を執行することはできませんので注意が必要です。
また、遺言書の中で「遺言執行者(ゆいごんしっこうしゃ)」が指定されているかも重要な点です。遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な手続きを行う権限を持つ人です。弁護士や司法書士などの専門家が指定されている場合もあれば、遺贈を受けるパートナー自身や親族が指定されている場合もあります。遺言執行者がいる場合は、その方が中心となって手続きを進めることになります。遺言執行者が指定されていない場合は、相続人または受遺者が家庭裁判所に申し立てて選任してもらうことも可能です。
相続手続きの具体的なステップ(遺言がある場合)
遺言によって財産を遺贈された場合、法的な相続人ではないパートナーが財産を受け取るためには、以下のようなステップを踏むことが一般的です。
ステップ1:遺言書の発見と確認(検認手続きが必要な場合)
パートナーが亡くなられた後、まず遺言書を探します。自宅、貸金庫、親しい友人や専門家(弁護士、税理士など)、公証役場(公正証書遺言の場合)、法務局(自筆証書遺言保管制度を利用していた場合)などを探します。
自筆証書遺言が見つかった場合は、勝手に開封せず、家庭裁判所に提出して検認の申し立てを行います。検認は、遺言書の存在とそのときの状態を確認するための手続きであり、遺言書が有効かどうかを判断するものではありません。検認期日には申立人や相続人が立ち会い、遺言書の開封と内容の確認が行われます。法務局で保管されていた自筆証書遺言や公正証書遺言の場合は、検認は不要です。
ステップ2:相続人、受遺者、遺言執行者の確認
遺言書に記載されている内容を確認し、誰が相続人で、誰が遺贈を受ける受遺者なのかを把握します。また、遺言執行者が指定されているかどうかも確認します。
法的な相続人が誰であるかを確認するためには、亡くなった方(被相続人)の出生から死亡までの連続した戸籍謄本等を取得する必要があります。これは、遺贈を受ける側にとっても、遺留分侵害額請求の可能性などを検討する上で重要な情報となります。戸籍謄本等の取得は、遺贈を受ける側が直接行えない場合があるため、専門家に依頼することも検討できます。
ステップ3:相続財産と借金(負債)の調査
遺言書に記載されている財産だけでなく、亡くなった方がどのような財産(不動産、預貯金、株式、車など)や借金(ローン、未払金など)を持っていたかを調査し、財産目録を作成します。
包括遺贈を受けた場合は、負債も承継する可能性があるため、特に慎重な調査が必要です。もし、プラスの財産よりも借金の方が多い場合や、借金の状況が不明な場合は、「相続放棄(そうぞくほうき)」や「限定承認(げんていしょうにん)」を検討する必要が出てくることもあります。ただし、遺贈を受ける側が相続放棄や限定承認をできるかどうかは、遺贈の種類などによって解釈が分かれる場合があり、専門家への確認が必要です。
ステップ4:遺贈の履行(名義変更等)
遺言の内容に従って、遺贈された財産の名義変更や移転の手続きを行います。遺言執行者が指定されている場合は、その方がこれらの手続きを主導します。遺言執行者がいない場合は、受遺者自身が手続きを進める必要があります。
- 不動産: 不動産の名義を亡くなった方から受遺者へ変更する登記手続きが必要です。これには、遺言書、被相続人の死亡を証明する書類、被相続人の登記簿上の住所と戸籍上の住所のつながりを証明する書類、受遺者の住民票、固定資産評価証明書、登記申請書など、様々な書類が必要となります。手続きは司法書士に依頼するのが一般的です。
- 預貯金: 銀行等の金融機関で、亡くなった方の口座の解約や名義変更の手続きを行います。遺言書、検認済証明書(必要な場合)、遺言執行者の印鑑証明書(遺言執行者がいる場合)、受遺者の本人確認書類、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍謄本一式などが必要となります。金融機関によって手続きや必要書類が異なるため、事前に確認が必要です。
- 株式: 証券会社で名義変更の手続きを行います。遺言書、口座振替申請書、その他必要書類を提出します。
これらの手続きにおいて、パートナーシップ証明書が公的な手続き書類として直接的に使用できる場面は限定的です。主に遺言書の内容と、亡くなった方と受遺者の関係を示す情報(住民票など)が必要となります。
ステップ5:遺留分侵害額請求への対応
遺言書の内容が、亡くなった方の兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子、直系尊属)の遺留分(いりゅうぶん:法律で保障された最低限の遺産取得分)を侵害している場合、その法定相続人から遺贈を受けたパートナーに対して「遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)」が行われる可能性があります。
遺留分侵害額請求は、遺留分を侵害されたことを知った時から1年以内に行使されなければ時効により消滅しますが、請求を受けた場合は対応が必要です。まずは、遺留分がいくらになるのか、ご自身の遺贈額が遺留分をどの程度侵害しているのかを正確に把握し、相手方と話し合いを行うか、必要に応じて弁護士に相談することになります。
ステップ6:相続税の申告と納付
遺言によって財産を受け取った場合、相続税がかかる可能性があります。相続税の計算では、亡くなった方の財産総額から借金や葬儀費用、そして「基礎控除(きそこうじょ)」を差し引いた金額が、相続税の課税対象となります。基礎控除額は「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」で計算されます。
重要な点として、法律上の婚姻関係にないLGBTQ+カップルの場合、遺贈を受けたパートナーは法定相続人ではないため、相続税の計算における基礎控除の計算には含まれません。また、法定相続人である配偶者であれば適用される「配偶者の税額軽減」(税額控除によって相続税負担が大幅に軽減される制度)や、生命保険金の非課税枠(「500万円 × 法定相続人の数」)も適用されません。
したがって、法定相続人がいない場合や少ない場合、遺贈額によっては、たとえ基礎控除額以下であっても相続税が発生する可能性や、法定相続人がいる場合に比べて税負担が重くなる可能性があります。
相続税の申告と納付は、相続開始があったことを知った日(通常は亡くなった日)の翌日から10ヶ月以内に行う必要があります。相続税の計算は複雑なため、税理士に相談することをお勧めします。特に相続税に詳しい税理士、可能であればLGBTQ+カップルの事情に理解のある税理士を探すと良いでしょう。
手続きで困った場合の相談先
遺言がある場合の相続手続きは、法的な要素や専門的な手続きが多く含まれるため、専門家のサポートが非常に有効です。
- 遺言書の検認、遺言執行者の選任、遺留分問題、その他相続に関する法的な問題: 弁護士
- 不動産の名義変更(相続登記)、遺言執行手続きの一部: 司法書士
- 相続税の申告と納付、相続税に関する相談: 税理士
- 相続財産に関する調査、遺産分割協議書の作成(遺言書の内容補足など)、その他行政手続き: 行政書士
- 相続全体の流れや、相続後のライフプラン・資金計画: ファイナンシャルプランナー
それぞれの専門家によって得意とする分野が異なります。まずは遺言書の内容を持って、相続問題に詳しい弁護士や司法書士、あるいは相続税に強い税理士に相談してみると良いでしょう。
「パートナーと築く資産」サイトでも、LGBTQ+フレンドリーな専門家リストなどを紹介している場合があります。また、各士業の団体によっては、LGBTQ+に関する研修を受けた専門家リストを公開していることもありますので、調べてみると良いでしょう。
まとめ:安心のためのステップ
パートナーに遺言によって財産を託された場合、法的な相続人ではないため、独自の手続きや注意点があります。しかし、適切なステップを踏み、必要に応じて専門家のサポートを得ることで、安心して財産を承継することが可能です。
この記事で解説した主なステップは以下の通りです。
- 遺言書の発見と確認(検認が必要かどうかの判断)
- 相続関係者(相続人、受遺者、遺言執行者)の確認
- 相続財産と負債の正確な調査
- 遺言内容に基づく財産の名義変更や移転(遺贈の履行)
- 遺留分侵害額請求のリスク検討と対応
- 相続税の申告と納付
これらの手続きを円滑に進めるためには、パートナーが生前に正確かつ明確な遺言書を作成しておくことが最も重要です。そして、もしもの時には、一人で抱え込まず、信頼できる専門家に相談することを強くお勧めします。
遺言による財産承継は、パートナーがあなたへの想いを形にしたものです。その想いをしっかりと受け止めるためにも、正しい知識を持ち、必要な手続きを進めていくことが大切です。この記事が、あなたの安心につながる一歩となれば幸いです。