パートナーに安心して資産を引き継ぐ:LGBTQ+カップルと「家族信託」
はじめに
パートナーと築き上げた大切な資産を、将来にわたってどのように守り、引き継いでいくかは、多くのLGBTQ+カップルにとって重要な課題です。特に、法的な婚姻関係にない場合、法定相続人としての権利が認められないため、遺言書の作成など、生前の準備が不可欠となります。
こうした準備の中でも、近年注目されている方法の一つに「家族信託」があります。家族信託は、特定の資産を特定の目的(例えば、パートナーが安心して住み続けられるようにする)のために、信頼できる人に託して管理・運用・処分してもらう仕組みです。遺言では実現が難しいような、より柔軟で継続的な資産承継の設計が可能になる場合があります。
この記事では、LGBTQ+カップルが家族信託をどのように活用できるのか、その基本的な仕組み、メリット、そして検討すべき点について解説します。
家族信託とは何か
家族信託とは、自分の持つ財産(例えば不動産、預貯金など)を、信頼できる家族(この場合の「家族」は必ずしも親族に限りません)に託し、自分が決めた目的に従って、その財産を管理・運用・処分してもらうための仕組みです。民法上の「信託」という制度を利用しますが、営利目的の専門家ではなく、家族などの近しい関係者を受託者(財産を託されて管理する人)とする点に特徴があります。
家族信託に関わる主な登場人物は以下の通りです。
- 委託者: 自分の財産を託す人(財産の所有者)。
- 受託者: 委託者から託された財産を、信託契約の内容に従って管理・運用・処分する人。信頼できるパートナーや友人、または専門家などがなることも可能です。
- 受益者: 信託された財産から生じる利益を受け取る人。委託者自身やパートナーなど、複数人を指定することも可能です。
例えば、「自分が亡くなった後も、パートナーが自宅に安心して住み続けられるように、自宅の管理と、パートナーが生きている間の生活費を自宅の収益から賄う」といった目的で信託契約を結ぶことが考えられます。この場合、委託者はご自身、受託者は信頼できる第三者、受益者はパートナーとなるでしょう。
LGBTQ+カップルが家族信託を検討するメリット
LGBTQ+カップルが家族信託を検討する主なメリットは、以下の点が挙げられます。
- パートナーへの確実な資産承継: 法定相続人でないパートナーに、特定の資産(特に不動産)を確実に引き継がせたい場合に有効です。遺言書でも資産を遺すことは可能ですが、遺言執行には手続きが必要であり、また遺留分(兄弟姉妹以外には認められる最低限の相続分)の問題が生じる可能性もあります。家族信託では、信託契約に基づいて受託者が財産を管理するため、委託者の意思をより確実に反映させやすい場合があります。
- 柔軟な資産管理・運用: 委託者が存命中に判断能力が低下した場合でも、受託者が事前に定めた信託契約の内容に基づき、財産を管理・運用し続けることができます。これにより、ご自身の生活費や医療費に充てるなど、継続的な財産活用が可能です。任意後見制度も類似の機能がありますが、家族信託は特定の財産に特化し、より広範な権限(処分権限など)を委託できます。
- 複数世代にわたる資産承継の設計: 委託者が亡くなった後、受益者をパートナー、さらにその次にパートナーが亡くなった後の受益者をパートナーの親族や、パートナーと共同で育てたお子様などに指定するなど、複数世代にわたる資産の引き継ぎ方をあらかじめ設計しておくことが可能です。これは、遺言書では一度の相続についてしか指定できない点と大きく異なります。
- 「凍結」リスクの回避: 委託者の判断能力が低下したり死亡したりした場合、その名義の財産(特に預貯金)が一時的に「凍結」され、手続きが複雑になることがあります。家族信託により、受託者が信託財産を管理することで、このようなリスクを避け、パートナーのその後の生活に必要な資金が滞りなく使えるようにすることができます。
家族信託の具体的な活用例
例1:パートナーに自宅の所有権と居住権を確実に引き継がせる
- 課題: 自宅の名義人が死亡した場合、法定相続人でないパートナーは自宅の所有権や居住権を当然には引き継げません。遺言で遺贈するにしても、他の相続人との調整が必要になる可能性があります。
- 家族信託での解決策: 委託者(自宅の名義人)が、自宅を信託財産とし、受託者(信頼できる第三者やパートナー)に管理を託します。受益者は委託者自身とパートナーとし、委託者死亡後はパートナーを唯一の受益者とします。信託契約で、パートナーが生存中は自宅に無償で居住できる、または自宅を売却してその資金でパートナーの生活費を賄うことができる、といった条項を定めます。これにより、パートナーの居住の安定や生活資金の確保を図ることができます。
例2:収益物件からの家賃収入をパートナーの生活資金に充てる
- 課題: 収益物件から得られる家賃収入を、将来パートナーの生活資金として確実に渡したいが、ご自身が管理できなくなった場合や死亡した場合が心配です。
- 家族信託での解決策: 委託者(収益物件の所有者)が、収益物件を信託財産とし、受託者(信頼できる第三者など)に管理を託します。受益者は委託者自身とし、委託者死亡後はパートナーを受益者と定めます。受託者は収益物件を管理し、得られた家賃収入をパートナーに定期的に交付するように定めます。これにより、ご自身の死亡後もパートナーが安定した収入を得られる仕組みを作ることができます。
家族信託を検討する際の注意点・デメリット
家族信託は多くのメリットがある一方で、検討すべき点やデメリットも存在します。
- 費用がかかる: 信託契約書の作成費用(公正証書化する場合)、不動産を信託する場合は登記費用、専門家(弁護士、司法書士、税理士など)に相談・依頼する場合はその報酬など、初期費用がかかります。
- 受託者の負担: 受託者になった人は、信託財産を適切に管理する義務を負います。信託契約の内容によっては、帳簿作成や税務申告など、専門的な知識や手間が必要になる場合があります。誰に受託者を依頼するかが非常に重要になります。
- 法的な専門知識の必要性: 家族信託の設計や契約書の作成は、法律に基づいた正確な知識が必要です。不備があると、契約が無効になったり、意図した効果が得られなかったりする可能性があります。専門家と連携して進めることが不可欠です。
- 税金に関する検討: 家族信託を設定しても、基本的には課税のタイミングや税額が変わるわけではありません。しかし、信託の内容によっては、贈与税、不動産取得税、相続税、所得税など、様々な税金が関わってきます。事前に税理士などの専門家に相談し、税務上の影響を十分に理解しておく必要があります。
- すべての財産が信託できるわけではない: 原則として、一身専属的な権利(例:生活保護受給権)や、預貯金口座そのものを信託することはできません(預貯金を「金銭債権」として信託することは可能です)。
家族信託の手続きの流れと専門家への相談
家族信託を始めるには、一般的に以下のような流れで進めます。
- 相談・検討: まずはパートナーとよく話し合い、どのような資産について、どのような目的で家族信託を利用したいのかを明確にします。その後、専門家(弁護士、司法書士、税理士、家族信託専門士など)に相談し、家族信託がご自身の希望や状況に適しているか、他の方法(遺言、生前贈与、任意後見など)と比較してどうかを検討します。
- 信託契約の設計: 専門家のアドバイスを受けながら、信託契約の内容(信託する財産、受託者、受益者、信託の目的、期間、終了事由、残余財産の帰属先など)を具体的に設計します。
- 信託契約書の作成: 設計した内容に基づき、専門家が信託契約書を作成します。後々のトラブルを防ぐため、公正証書とすることが推奨されます。
- 信託財産の名義変更等: 信託契約が締結されたら、信託財産の名義を受託者に変更する手続きを行います(例:不動産の場合は登記名義を受託者とする)。
- 信託の開始・管理: 受託者は信託契約に従って財産の管理を開始します。
家族信託は専門性の高い制度です。検討の初期段階から、家族信託の知識と経験が豊富な専門家(弁護士、司法書士、税理士、ファイナンシャルプランナーなど)に相談することが非常に重要です。特に、LGBTQ+カップルの資産形成や相続の課題に理解がある専門家を探せると、より安心して相談できるでしょう。
まとめ
家族信託は、LGBTQ+カップルが法定相続人でないパートナーに大切な資産を確実に引き継がせたい場合や、ご自身の判断能力低下後もパートナーのために資産を活用したい場合に、非常に有効な選択肢となり得ます。遺言では実現が難しい継続的な資産管理や、複数世代にわたる承継設計も可能です。
しかし、家族信託には費用や受託者の負担といった側面もあり、また法的な専門知識が不可欠です。ご自身の財産状況、パートナーとの関係性、将来の希望などを踏まえ、家族信託が本当に最適な方法なのかを慎重に検討することが重要です。
遺言書の作成、任意後見制度、生前贈与など、他の資産承継や財産管理の方法と比較検討し、ご自身とパートナーにとって最も安心できる方法を見つけるために、まずは専門家へ相談の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。大切なパートナーとの未来のために、共にしっかりと計画を進めていきましょう。