パートナーのもしもに備える:LGBTQ+カップルが考える任意後見制度と医療同意
はじめに:パートナーの「もしも」に備えるということ
人生には予期せぬ出来事が起こりえます。特に、病気や加齢によってパートナーの判断能力が低下した場合、ご自身の意思をパートナーに伝えることや、パートナーの代わりに重要な手続きを行うことが難しくなる可能性があります。
法的な家族関係にないLGBTQ+カップルの場合、このような状況に直面した際に、法的な権限がないために、パートナーの財産管理に関与したり、医療方針について医師と話し合ったりすることが困難になるケースが少なくありません。これは、お互いを大切に思うからこそ抱える、深刻な不安の一つです。
しかし、こうした不安を解消し、パートナーとご自身の将来を安心して過ごすために、事前に準備できることがあります。この記事では、LGBTQ+カップルがパートナーの判断能力低下に備えるために検討すべき「任意後見制度」と、医療同意に関する準備について解説します。
なぜLGBTQ+カップルにとって事前の準備が重要なのか
日本の現行法制度下では、同性カップルは法律上の婚姻関係を結ぶことができません(2023年11月現在)。このため、たとえ長年連れ添ったパートナーであっても、法的には「他人」として扱われます。
パートナーが認知症などで判断能力を喪失してしまった場合、法的な代理権がないため、以下のことが難しくなる可能性があります。
- 財産管理: パートナー名義の預貯金の引き出し、不動産売却、公共料金の支払い、施設費用の支払いなど、パートナーの財産に関する手続きを行うことができません。
- 医療同意: パートナーの手術や治療方針について、医師から詳しい説明を受けたり、同意を与えたりすることが難しくなる場合があります。医療機関によっては、法的な家族以外からの同意を受け付けないケースも存在します。
- 入院・入所手続き: 病院への入院や、介護施設への入所契約を、パートナーに代わって行うことができない場合があります。
- 行政手続き: パートナーに関する公的な手続き(年金や保険の手続きなど)を行うことができません。
これらの困難を避けるためには、パートナーの判断能力が十分にあるうちに、将来に備えた法的な手続きを進めておくことが非常に重要になります。
将来に備えるための具体的な方法:任意後見制度と関連手続き
パートナーの判断能力低下に備えるための主な方法として、「任意後見制度」があります。これは、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自らが選んだ人(任意後見人)に、ご自身の生活、療養看護、財産管理に関する事務について代理権を与える契約を結んでおく制度です。
任意後見制度の活用
任意後見制度は、ご本人の意思に基づいて将来の後見人を指名できる点が大きな特徴です。これにより、最も信頼できるパートナーにご自身の後見人をお願いすることができます。
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契約の内容:
- 任意後見人: 誰に後見人をお願いするかを定めます。パートナーを任意後見人として指定することが可能です。
- 委任する事務の範囲: 財産管理(預貯金の管理、不動産の管理・処分など)、療養看護(医療や介護に関する契約、施設の入退所手続きなど)の中から、パートナーに任せたい事務を具体的に指定します。
- 後見監督人: 任意後見人が適切に事務を行っているかを監督する人(弁護士や司法書士などの専門家が多い)を、契約で定めておくことも可能です。
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契約の方式: 任意後見契約は、公正証書によって作成する必要があります。公正証書とは、公証役場で公証人が作成する公文書であり、強い証拠力と信頼性があります。
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制度利用開始のタイミング: 任意後見契約を締結しただけでは効力は発生しません。ご本人の判断能力が不十分になったと家庭裁判所が判断し、任意後見監督人が選任されたときから、契約の効力が発生し、任意後見人が活動を開始します。
医療同意に関する準備
任意後見契約で「療養看護に関する事務」を委任することで、任意後見人が医療や介護に関する契約を締結する代理権を持つことができます。これにより、パートナーの入院や施設入所の契約を代わりに行うことが可能になります。
ただし、医療行為そのものに対する同意権(手術同意など)については、任意後見人の権限に含まれるかどうかは解釈が分かれる場合があります。より明確に医療同意に関する意思を示し、パートナーにその代理を依頼したい場合は、以下の方法も併せて検討することが有効です。
- 医療同意に関する委任契約(任意代理契約): 任意後見契約とは別に、医療に関する意思決定についてパートナーに代理権を与える契約を結ぶ方法です。ただし、これは任意後見契約とは異なり、ご本人の判断能力が低下すると代理権が消滅する可能性があります。
- 尊厳死宣言公正証書: 将来、回復の見込みがない終末期において、延命措置を望まないことなどを表明する公正証書です。これを作成することで、ご自身の医療に関する意思を明確に残すことができます。公正証書を作成する際に、信頼できるパートナーに自分の意思を伝えることや、医療関係者への伝達を依頼することも併せて検討できます。
これらの準備を組み合わせることで、パートナーの「もしも」の際に、財産管理と医療・介護に関する意思決定の両面で、最もご自身の意思に近い形で対応してもらうことが可能になります。
手続きの進め方と専門家への相談
任意後見契約を含むこれらの手続きは、法的な専門知識を要します。正確かつご自身の希望に沿った内容で契約を作成するためには、専門家への相談が不可欠です。
- 相談できる専門家: 弁護士、司法書士、行政書士、ファイナンシャルプランナー(FP)などが、任意後見制度や関連する契約に関する相談に応じています。
- 専門家の選び方:
- LGBTQ+フレンドリーな専門家: ご自身の状況を理解し、安心して相談できる専門家を選ぶことが重要です。ウェブサイトなどで、LGBTQ+に関する記述があるか、問い合わせ時にその旨を伝えて対応を確認するなどして探すことができます。
- 実績と経験: 任意後見契約や関連する公正証書作成の実績がある専門家を選ぶと良いでしょう。
- 信頼関係: 無料相談などを利用して、専門家との信頼関係が築けるかを確認することも大切です。
専門家は、ご自身の状況や希望を丁寧にヒアリングし、任意後見契約で委任する事務の範囲、後見監督人の要否、医療同意に関するその他の準備などについて、法的な観点から具体的なアドバイスを提供してくれます。また、公正証書の作成手続きについてもサポートを受けることができます。
まとめ:安心して未来を迎えるための第一歩
パートナーの判断能力低下という状況は、誰にとっても不安が伴うものです。しかし、任意後見制度や医療同意に関する事前の準備を行うことで、パートナーがご自身の意思を尊重し、大切な財産や療養に関する手続きを適切に行ってくれる道筋を立てることができます。
これらの準備は、パートナーシップを法的に保護するだけでなく、お互いの将来に対する責任と愛情を示す具体的な行動でもあります。手続きには時間と専門知識が必要となりますので、少しでも関心を持たれたら、まずは情報収集から始め、信頼できる専門家に相談してみることをお勧めします。
この記事でご紹介した情報が、LGBTQ+カップルの皆様が安心して将来設計を進めるための一助となれば幸いです。